教育にたずさわる人たちのために祈る (1月)

年間第二十六主日(9/25)

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神に誉れと永遠の支配がありますように。

一テモテ6:16
集会祈願

🌸 第一朗読 (アモス6:1a、4-7)

アモスの預言
〔主は言われる。〕
1災いだ、シオンに安住し
サマリアの山で安逸をむさぼる者らは。
4お前たちは象牙の寝台に横たわり
長いすに寝そべり
羊の群れから小羊を取り
牛舎から子牛を取って宴を開き
5竪琴の音に合わせて歌に興じ
ダビデのように楽器を考え出す。
6大杯でぶどう酒を飲み
最高の香油を身に注ぐ。
しかし、ヨセフの破滅に心を痛めることがない。
7それゆえ、今や彼らは捕囚の列の先頭を行き
寝そべって酒宴を楽しむことはなくなる。

🌸 答唱詩編 詩編146 典19 ③④

🌸 第二朗読 (一テモテ6:11-16)

使徒パウロのテモテへの手紙
 11し神の人よ、あなたはこれらのことを避けなさい。正義、信心、信仰、愛、忍耐、柔和を追い求めなさい。 12信仰の戦いを立派に戦い抜き、永遠の命を手に入れなさい。命を得るために、あなたは神から召され、多くの証人の前で立派に信仰を表明したのです。 13万物に命をお与えになる神の御前で、そして、ポンティオ・ピラトの面前で立派な宣言によって証しをなさったキリスト・イエスの御前で、あなたに命じます。 14わたしたちの主イエス・キリストが再び来られるときまで、おちどなく、非難されないように、この掟を守りなさい。 15神は、定められた時にキリストを現してくださいます。神は、祝福に満ちた唯一の主権者、王の王、主の主、 16唯一の不死の存在、近寄り難い光の中に住まわれる方、だれ一人見たことがなく、見ることのできない方です。この神に誉れと永遠の支配がありますように、アーメン。

アレルヤ唱 典273 26C

🌸 福音朗読 (ルカ16:19-31)

ルカによる福音
 19〔そのとき、イエスはフャリサイ派の人々に言われた。〕「ある金持ちがいた。いつも紫の衣や柔らかい麻布を着て、毎日ぜいたくに遊び暮らしていた。 20この金持ちの門前に、ラザロというできものだらけの貧しい人が横たわり、 21その食卓から落ちる物で腹を満たしたいものだと思っていた。犬もやって来ては、そのできものをなめた。 22やがて、この貧しい人は死んで、天使たちによって宴席にいるアブラハムのすぐそばに連れて行かれた。金持ちも死んで葬られた。 23そして、金持ちは陰府でさいなまれながら目を上げると、宴席でアブラハムとそのすぐそばにいるラザロとが、はるかかなたに見えた。 24そこで、大声で言った。『父アブラハムよ、わたしを憐れんでください。ラザロをよこして、指先を水に浸し、わたしの舌を冷やさせてください。わたしはこの炎の中でもだえ苦しんでいます。』 25しかし、アブラハムは言った。『子よ、思い出してみるがよい。お前は生きている間に良いものをもらっていたが、ラザロは反対に悪いものをもらっていた。今は、ここで彼は慰められ、お前はもだえ苦しむのだ。 26そればかりか、わたしたちとお前たちの間には大きな淵があって、ここからお前たちの方へ渡ろうとしてもできないし、そこからわたしたちの方に越えて来ることもできない。』 27金持ちは言った。『父よ、ではお願いです。わたしの父親の家にラザロを遣わしてください。 28わたしには兄弟が五人います。あの者たちまで、こんな苦しい場所に来ることのないように、よく言い聞かせてください。』 29しかし、アブラハムは言った。『お前の兄弟たちにはモーセと預言者がいる。彼らに耳を傾けるがよい。』 30金持ちは言った。『いいえ、父アブラハムよ、もし、死んだ者の中からだれかが兄弟のところに行ってやれば、悔い改めるでしょう。』 31アブラハムは言った。『もし、モーセと預言者に耳を傾けないのなら、たとえ死者の中から生き返る者があっても、その言うことを聞き入れはしないだろう。』」

奉納祈願

拝領祈願

🌸 分かち合い

 今日は「世界難民移住移動者の日」と定められています。様々な事情で祖国を離れ、言葉や文化、風習、法律等、違いの多い国で生きることに苦労している人々のことを思い、彼らの苦しみが少しでも和らげられ、より人間的な生活ができますよう祈り、また、支援に協力しましょう。
 さて、今日の福音は、金持ちとラザロの話し。ルカは、神のいつくしみの愛を教える印象深いたとえ話を多く伝えていますが、今日の福音は、その裏返しのような、人間の冷たさ・醜さを感じさせる物語です。
 贅沢に遊び暮らす金持ちが死に、門前に横たわり、残飯を頼りに生きるラザロも死ぬ。生前悪いものをもらっていたラザロはアブラハムの懐へ、金持ちは陰府の世界でもだえ苦しむ。そして、二人の間には、越えることのできない深い淵が広がる。金持ちは、自分の兄弟には、こんなひどい目に会わないように、ラザロを送ってください、とアブラハムに願うが、「兄弟たちには、モーセと預言者がある、それに聞けばよい」、とあしらわれる。それに聞かないなら、たとえ死者がよみがえっても、それに聞くことはないだろう、とも言われる。
 この話を読んで気づくことは、金持ちが特段、悪人だったということではなく、また、ラザロも、特に善人だったということでもありません。ごくありふれた、どの時代にも、どの世界にもありそうな経済格差が生み出す悲しい現実がそこにあります。ただ、言えることは、金持ちが毎日目にしていた門前のラザロに無関心で、それによって、彼の死後の運命が決まった、ということです。
 これは、人々に対する戒め、警告の物語です。もし、身近にいる、貧しい人、悩める人、病める人に、心を閉じていれば、この金持ちのような状態を招くかもしれない。逆に、たとえ、豊かさに恵まれていたとしても、悔い改めて、それを独り占めせず、人々と分かち合うことをすれば、きっと神の救いに与ることができる、ということではないでしょうか。これは、イエスの独自の教えと言うより、旧約の教え、預言者の教えの中で、繰り返し、強調されてきたことです。アブラハムの言葉にある、「モーセと預言者」という言い方は、まさにそれを表わしています。
 第一朗読ではアモスの預言が読まれました。アモスは、紀元前8世紀、南北に分裂した王国が、北方の強国アッシリアの脅威にさらされていたとき、王国の指導者たちを厳しく批判した預言者です。貧しい人々の悲惨と社会に蔓延する不正を放置し、自分たちだけが安逸をむさぼる状態に、神が審判を下されることを預言します。事実30年後、アモスの預言から間もない時期に、強国アッシリアは一気に南下し、北王国イスラエルは滅ぼされ、南王国ユダもアッシリアの属国とされます。
 アモスの預言には、厳しい言葉、神の審判の話が次々に出て来ますが、最後には、神の救いへの希望の言葉が記されています。事実、アッシリアの後に起きたバビロニアによって滅ぼされた南王国ユダは、国王以下、多くの民が捕囚となってバビロンでの幽囚の生活を送りますが、預言者たちが口を揃えて預言したように、ペルシャの時代になって、祖国への帰還を実現します。
 貧者ラザロを放置して、この世の生を終えた金持ちに対する厳しい言葉にみちたこのたとえは、決して、神の最後的審判を告げるものではありません。あくまで、人々の回心を願い、悔い改めを喜びとする、神のいつくしみを告げるイエスの警告の言葉として聞かなければなりません。
 たとえに出る金持ちは、決してわたしたちと縁遠い存在ではありません。また、門前に横たわるラザロは、わたしたちから遠く離れた存在でもありません。ごく近くにいて、その痛み・苦しみ・孤独を、無関心ゆえに見過ごしている兄弟姉妹かもしれません。今日、特に心を向ける「難民移住移動者」をはじめ、コロナ禍にあって、生活困窮する人々のことを思いましょう。今日のみ言葉を、あまりにも、自分のしあわせ・都合・仕事・休暇を優先させるあまり、兄弟姉妹の必要に目を閉ざしているわたしたちへの、いつくしみに満ちた神の言葉として受け止めることができるよう恵みを祈りましょう。(S.T.)

祈る花:Inoruhana
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