非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

復活節第四木曜日(4/29)

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『わたしはある』

ヨハネ13:19
集会祈願

聖なる父よ、聖カタリナは、あなたの愛に燃えて御子の受難を黙想し、教会の奉仕に献身しました。聖人の祈りに支えられるわたしたちが、キリストの死と復活に結ばれ、救いの喜びに生きることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (使徒言行録13.13-25)

 13パウロとその一行は、パフォスから船出してパンフィリア州のペルゲに来たが、ヨハネは一行と別れてエルサレムに帰ってしまった。 14パウロとバルナバはペルゲから進んで、ピシディア州のアンティオキアに到着した。そして、安息日に会堂に入って席に着いた。 15律法と預言者の書が朗読された後、会堂長たちが人をよこして、「兄弟たち、何か会衆のために励ましのお言葉があれば、話してください」と言わせた。 16そこで、パウロは立ち上がり、手で人々を制して言った。
 「イスラエルの人たち、ならびに神を畏れる方々、聞いてください。 17この民イスラエルの神は、わたしたちの先祖を選び出し、民がエジプトの地に住んでいる間に、これを強大なものとし、高く上げた御腕をもってそこから導き出してくださいました。 18神はおよそ四十年の間、荒れ野で彼らの行いを耐え忍び、 19カナンの地では七つの民族を滅ぼし、その土地を彼らに相続させてくださったのです。 20これは、約四百五十年にわたることでした。その後、神は預言者サムエルの時代まで、裁く者たちを任命なさいました。 21後に人々が王を求めたので、神は四十年の間、ベニヤミン族の者で、キシュの子サウルをお与えになり、 22それからまた、サウルを退けてダビデを王の位につけ、彼について次のように宣言なさいました。『わたしは、エッサイの子でわたしの心に適う者、ダビデを見いだした。彼はわたしの思うところをすべて行う。』 23神は約束に従って、このダビデの子孫からイスラエルに救い主イエスを送ってくださったのです。 24ヨハネは、イエスがおいでになる前に、イスラエルの民全体に悔い改めの洗礼を宣べ伝えました。 25その生涯を終えようとするとき、ヨハネはこう言いました。『わたしを何者だと思っているのか。わたしは、あなたたちが期待しているような者ではない。その方はわたしの後から来られるが、わたしはその足の履物をお脱がせする値打ちもない。』

🌸 答唱詩編 詩編89 典38①③

:神のいつくしみをとこしえに歌い、
  主のまことを代々に告げよ。

わたしはしもべダビドを選び、
とうとい油を彼に注いだ。
わたしの手はいつも彼とともにあり、
わたしの腕は彼を強める。   【答】

わたしの慈しみは永遠に変わることなく、
わたしの結んだ契約はとこしえに保たれる。
わたしは契約を破らず、
約束したことばを変えない。   【答】

アレルヤ唱 典265 ⑦

アレルヤ、アレルヤ。イエス・キリスト、まことのあかしをたてた人、死者の初穂。わたしたちを愛し、ご自分の血で罪を清めてくださったかた。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (ヨハネ13.16-20)

ヨハネによる福音
 16〔イエスは弟子たちの足をお洗いになった後、こう言われた。〕はっきり言っておく。僕は主人にまさらず、遣わされた者は遣わした者にまさりはしない。 17このことが分かり、そのとおりに実行するなら、幸いである。 18わたしは、あなたがた皆について、こう言っているのではない。わたしは、どのような人々を選び出したか分かっている。しかし、『わたしのパンを食べている者が、わたしに逆らった』という聖書の言葉は実現しなければならない。 19事の起こる前に、今、言っておく。事が起こったとき、『わたしはある』ということを、あなたがたが信じるようになるためである。 20はっきり言っておく。わたしの遣わす者を受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである。」

奉納祈願

恵み豊かな神よ、聖カタリナを記念してささげるこの供えものを受け入れて下さい。聖女の教えに従い、あなたに心からの感謝をささげることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

いつくしみ深い父よ、聖カタリナのいのちを支えたこの秘跡によって、わたしたちを永遠のいのちに導いてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 福音はいきなりヨハネ13章に進む。最後の晩餐のあとの長い説教への導入ともいえる部分である。晩餐でのヨハネの中心テーマは、共観福音書が記す聖体制定ではなく、弟子の足を洗う(洗足)こと。その後の説教で、洗足を含む受難の意味が諄々と解き明かされてゆく。
 受難物語に、ユダの話は欠かせないが、ヨハネの晩餐には、特に、ユダの「裏切り」が色濃く描かれている。ヨハネは、「わたしのパンを食べているものが、わたしに逆らった」という詩編の言葉を引用して、愛する弟子たちへの苦しみに満ちた主の愛を表現している。この詩編はダビデ王の詩と題される嘆きの詩編だが、本文はこうである、「わたしの信頼していた仲間、わたしのパンを食べる者が、威張ってわたしを足げにします」(詩41.10)と。
 ユダが裏切り、そして、ペトロまでも師を否む、そのような状況の中でも、イエスの弟子たちへの愛は揺るがない。そして、そのような、裏切り見捨てようとするものを受け入れる師の愛に倣って生きることに幸いがあることを、イエスは自らの模範を通して示される。なぜなら、それは、イエスを遣わされた父なる神の愛を受け入れることだからである。イエスは言われる、「わたしの遣わす者を受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」と。
 イエスの愛に、少しでも近づけるよう恵みを祈ろう。(S.T.)

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