非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

復活節第四土曜日(5/1)

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わたしを見た者は、父を見た

ヨハネ14:9
集会祈願

🌸 第一朗読 (使徒言行録13.44-52)

 44次の安息日になると、ほとんど町中の人が主の言葉を聞こうとして集まって来た。 45しかし、ユダヤ人はこの群衆を見てひどくねたみ、口汚くののしって、パウロの話すことに反対した。 46そこで、パウロとバルナバは勇敢に語った。「神の言葉は、まずあなたがたに語られるはずでした。だがあなたがたはそれを拒み、自分自身を永遠の命を得るに値しない者にしている。見なさい、わたしたちは異邦人の方に行く。 47主はわたしたちにこう命じておられるからです。
  『わたしは、あなたを異邦人の光と定めた、
  あなたが、地の果てにまでも
  救いをもたらすために。』」
 48異邦人たちはこれを聞いて喜び、主の言葉を賛美した。そして、永遠の命を得るように定められている人は皆、信仰に入った。 49こうして、主の言葉はその地方全体に広まった。 50ところが、ユダヤ人は、神をあがめる貴婦人たちや町のおもだった人々を扇動して、パウロとバルナバを迫害させ、その地方から二人を追い出した。 51それで、二人は彼らに対して足の塵を払い落とし、イコニオンに行った。 52他方、弟子たちは喜びと聖霊に満たされていた。

🌸 答唱詩編 詩編98 典149 ①③

アレルヤ唱 典264 5A

🌸 福音朗読 (ヨハネ14.7-14)

 ヨハネによる福音
 7〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕あなたがたがわたしを知っているなら、わたしの父をも知ることになる。今から、あなたがたは父を知る。いや、既に父を見ている。」 8フィリポが「主よ、わたしたちに御父をお示しください。そうすれば満足できます」と言うと、 9イエスは言われた。「フィリポ、こんなに長い間一緒にいるのに、わたしが分かっていないのか。わたしを見た者は、父を見たのだ。なぜ、『わたしたちに御父をお示しください』と言うのか。 10わたしが父の内におり、父がわたしの内におられることを、信じないのか。わたしがあなたがたに言う言葉は、自分から話しているのではない。わたしの内におられる父が、その業を行っておられるのである。 11わたしが父の内におり、父がわたしの内におられると、わたしが言うのを信じなさい。もしそれを信じないなら、業そのものによって信じなさい。 12はっきり言っておく。わたしを信じる者は、わたしが行う業を行い、また、もっと大きな業を行うようになる。わたしが父のもとへ行くからである。 13わたしの名によって願うことは、何でもかなえてあげよう。こうして、父は子によって栄光をお受けになる。 14わたしの名によってわたしに何かを願うならば、わたしがかなえてあげよう。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 今日、5月1日は、任意の「労働者聖ヨセフの記念日」と定められていますが、広島教区の白浜司教は、新型コロナ感染症の感染拡大の状況を踏まえて、本日、5月1日に「労働者聖ヨセフ」のミサを捧げ、明日、5月2日(復活節第五の主日)のミサでは、ヨセフの取次ぎを願って祈るよう、勧めておられます。
 ご存じのように、聖マリアの力強い支え手になるよう選ばれた聖ヨセフは、今日のヨハネ福音で読まれたような、父と一体でありながら、人となられた御子イエスの神秘を深く心に刻み、日々の厳しい仕事を通して、また思いがけない出来事の中で、常に神のみ旨に従い、御子イエスと母マリアを保護し、奉仕する生活に徹し、静かに舞台から去って行かれた方です。
 昨年12月、「ヨセフ年」の始まりにあたって発表された書簡『父の心で』の中で、教皇フランシスコは、パンデミックが進む日々に抱かれた思いとして書いておられます。「わたしたちの生活は市井の人々-忘れられがちな人々―によって織りなされ、支えられています。・・・そうした人々は、新聞や雑誌の見出しになったり、最新のランウェイに登場することはなくとも、まぎれもなく、この時代の決定的な出来事を今まさに書きつけているのです。医師、看護師、スーパーマーケットの従業員、清掃員、鍵従事者、配達員、治安当局、ボランティア、司祭、修道者、そして他の多くの、自分だけの力だけで自分を救うことはできないと分かっている人々です。・・・どれほど多くの人が、毎日辛抱し、希望を奮い立たせ、パニックではなく共同責任の種を蒔くよう心掛けていることでしょう。どれほど多くの父親、祖父、祖母、教師らが、習慣を変え、前向きになり、祈りを重ねるといった、何気ない日常の姿を通して、危機に向き合ってそれを乗り切る方法を子どもたちに示していることでしょう。どれほど多くの人が祈り、犠牲をささげ、すべての人のためにとりなしていることでしょう」と。
 そして、だれもが、このような「目立たない人、普通で、物静かで、地味な姿の人」であった聖ヨセフに、「困難な時の執り成し手、支え手、導き手を見出すはずだ」、と言われます。こうしたフランシスコ教皇の思いに合わせて、コロナ禍で、様々な困難に出会っている人々に、聖ヨセフの取次ぎによって必要な支援の手が差し伸べられ、感染が一日も早く終息するよう祈りましょう。(S.T.)

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