小教区の教会のために祈る (1月)

待降節第二月曜日(12/5)

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あなたの罪は赦された。

ルカ5:23
集会祈願

🌸 第一朗読 (イザヤ35:1-10)

イザヤの預言
1荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ
砂漠よ、喜び、花を咲かせよ
野ばらの花を一面に咲かせよ。
2花を咲かせ
大いに喜んで、声をあげよ。
砂漠はレバノンの栄光を与えられ
カルメルとシャロンの輝きに飾られる。
人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。
3弱った手に力を込め
よろめく膝を強くせよ。
4心おののく人々に言え。
「雄々しくあれ、恐れるな。
見よ、あなたたちの神を。
敵を打ち、悪に報いる神が来られる。
神は来て、あなたたちを救われる。」
5そのとき、見えない人の目が開き
聞こえない人の耳が開く。
6そのとき
歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。
口の利けなかった人が喜び歌う。
荒れ野に水が湧きいで
荒れ地に川が流れる。
7熱した砂地は湖となり
乾いた地は水の湧くところとなる。
山犬がうずくまるところは
葦やパピルスの茂るところとなる。
8そこに大路が敷かれる。
その道は聖なる道と呼ばれ
汚れた者がその道を通ることはない。
主御自身がその民に先立って歩まれ
愚か者がそこに迷い入ることはない。
9そこに、獅子はおらず
獣が上って来て襲いかかることもない。
解き放たれた人々がそこを進み
10主に贖われた人々は帰って来る。
とこしえの喜びを先頭に立てて
喜び歌いつつシオンに帰り着く。
喜びと楽しみが彼らを迎え
嘆きと悲しみは逃げ去る。

🌸 答唱詩編 詩編85 典81 ③⑤

アレルヤ唱 典256 ⑪

🌸 福音朗読 (ルカ5:17-26)

ルカによる福音
 17ある日のこと、イエスが教えておられると、ファリサイ派の人々と律法の教師たちがそこに座っていた。この人々は、ガリラヤとユダヤのすべての村、そしてエルサレムから来たのである。主の力が働いて、イエスは病気をいやしておられた。 18すると、男たちが中風を患っている人を床に乗せて運んで来て、家の中に入れてイエスの前に置こうとした。 19しかし、群衆に阻まれて、運び込む方法が見つからなかったので、屋根に上って瓦をはがし、人々の真ん中のイエスの前に、病人を床ごとつり降ろした。 20イエスはその人たちの信仰を見て、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われた。 21ところが、律法学者たちやファリサイ派の人々はあれこれと考え始めた。「神を冒瀆するこの男は何者だ。ただ神のほかに、いったいだれが、罪を赦すことができるだろうか。」 22イエスは、彼らの考えを知って、お答えになった。「何を心の中で考えているのか。 23『あなたの罪は赦された』と言うのと、『起きて歩け』と言うのと、どちらが易しいか。 24人の子が地上で罪を赦す権威を持っていることを知らせよう。」そして、中風の人に、「わたしはあなたに言う。起き上がり、床を担いで家に帰りなさい」と言われた。 25その人はすぐさま皆の前で立ち上がり、寝ていた台を取り上げ、神を賛美しながら家に帰って行った。 26人々は皆大変驚き、神を賛美し始めた。そして、恐れに打たれて、「今日、驚くべきことを見た」と言った。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 待降節に入り、典礼では、メシアの到来についての希望にあふれる預言者の言葉、そして、福音では、それを実現するメシア・イエスの言葉、そして、振舞いが毎日読まれている。
 今日の福音は、一人の中風の男の癒しの話だが、他の多くの奇跡物語と違って、イエスは、病人を見て、まず、「人よ、あなたの罪は赦された」と言われる。病人を連れてきた男たちはもちろんのこと、そこに居合わせた人々も驚いたに違いない。「律法学者やファリサイ派の人々はあれこれと考え始めた。『神を冒涜するこの男は何者だ。ただ神のほかに、いったいだれが罪を赦すことができるだろうか』と福音記者は記す。
 イエスは多くの病人をいやし、それがために、多くの人々が癒しの恵みを求めてイエスのもとに押し寄せてきたのである。当時、多くの病気は、人の手でどうすることもできない、過酷な現実だった。しかし、イエスにとって、そうした肉体的な病気以上に気がかりなことは、人を、神から、人々から、また、真実の自分から遠ざけている罪の現実だった。人は、罪によって、自分を貶め、他人を憎み、神を呪うという、本来もつべき関係を絶ちきり、自分では修復できない状態に自らを陥れてしまうのである。当時考えられていたように、罪が病気の原因ではなく、病気が人を罪に陥れる要因の一つであることを承知の上で、イエスは、まず、神にのみ許された罪のゆるしを中風の人の上に宣言されたのである。
 このイエスの深い思いに心をいたし、はたして自分がどれだけ、神と、他人と、自分とのふさわしい関係、和解のうちに生きているか、振り返る恵みを祈ろう。(S.T.)

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