非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

灰の式後の金曜日(2月19)

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「わたしはここにいる」

イザヤ58:9
集会祈願

🌸 第一朗読 (イザヤ58.1-9a)

1喉をからして叫べ、黙すな
声をあげよ、角笛のように。
わたしの民に、その背きを
ヤコブの家に、その罪を告げよ。
2彼らが日々わたしを尋ね求め
わたしの道を知ろうと望むように。
恵みの業を行い、神の裁きを捨てない民として
彼らがわたしの正しい裁きを尋ね
神に近くあることを望むように。
3何故あなたはわたしたちの断食を顧みず
苦行しても認めてくださらなかったのか。
見よ、断食の日にお前たちはしたい事をし
お前たちのために労する人々を追い使う。
4見よ
お前たちは断食しながら争いといさかいを起こし
神に逆らって、こぶしを振るう。
お前たちが今しているような断食によっては
お前たちの声が天で聞かれることはない。
5そのようなものがわたしの選ぶ断食
苦行の日であろうか。
葦のように頭を垂れ、粗布を敷き、灰をまくこと
それを、お前は断食と呼び
主に喜ばれる日と呼ぶのか。
6わたしの選ぶ断食とはこれではないか。
悪による束縛を断ち、軛の結び目をほどいて
虐げられた人を解放し、軛をことごとく折ること。
7更に、飢えた人にあなたのパンを裂き与え
さまよう貧しい人を家に招き入れ
裸の人に会えば衣を着せかけ
同胞に助けを惜しまないこと。
8そうすれば、あなたの光は曙のように射し出で
あなたの傷は速やかにいやされる。
あなたの正義があなたを先導し
主の栄光があなたのしんがりを守る。
9あなたが呼べば主は答え
あなたが叫べば
「わたしはここにいる」と言われる。

🌸 答唱詩編 詩編51 典7 ①③

アレルヤ唱 典263 ⑥

🌸 福音朗読 (マタイ9.14-15)

マタイによる福音
 14〔そのとき、〕ヨハネの弟子たちがイエスのところに来て、「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」と言った。 15イエスは言われた。「花婿が一緒にいる間、婚礼の客は悲しむことができるだろうか。しかし、花婿が奪い取られる時が来る。そのとき、彼らは断食することになる。 

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 灰の水曜日から四旬節がはじまりました。四旬節とは復活祭に向かって心の準備を行う40日間という期間です。四旬節の初めにあたり、回心してキリストの福音を信じることは勧められています。私たちの回心の条件は断食、祈りと施しというキリスト教的な三つの行動となります。これはキリストの過越を思い出しながら、自分への関係、神への関係、そして他者への関係という三つの関係を改めて見直し、改めて和解して深めていくのです。

 今日の福音書の中で、主イエスは「花婿が奪い取られる」という表現をもって、ご自分の過越について語られています。「そのとき、彼らは断食することになる」というのは、主の過越に向かって断食の意味が与えられます。

 ところで、先ほど言ったことがありましたが、福音を信じること、この福音とはいったいどんなものであろうか。

 皆さん、キリスト教が初めから伝わってきたメッセージは何でしょうか。最初の使徒たちは何を証ししましたか、皆さんはよくご存知でしょう。それは、主イエス・キリストは十字架につけられて死んでも復活しました、主は今生きている、主は私たちとともにおられるというメッセージでありという証であります。

 時代を経て、多くの人々は主イエス・キリストの霊の導きにしたがって、この賜物を守り、主イエス・キリストとともにいるという体験を死ぬまで、迫害されても殉教するまで、証ししてきました。

 私たちは、救い主とともにいて喜びの中にある時、喜びを動機として様々な事ができます。嬉しいから聖書を読み、楽しいから祈り、喜びをもって自らを捧げて奉仕をします。こうして、喜びや感謝からする事は、他の人が同じようにしないからと言って批判するような事には繋がりません。

 「わたしたちとファリサイ派の人々はよく断食しているのに、なぜ、あなたの弟子たちは断食しないのですか」というような批判を避けましょう。兄弟姉妹を愛をもって見つめ、常に彼らの善意を汲み取り、思いやりの目で彼らを見ることができますように。今も生きておられる主イエス・キリストとともに歩んでいる私たちは、喜びを持ってすべてを捧げることができるのです。

 しかし、人間同士は一緒にいるとき、一緒に働くとき、いつも喜びをもって生きるのだけではなく、悲しみや悩み、また苦しみの中、生きる人もいると思います。どんな状況であっても、主イエス・キリストがすぐそばにいてくださり、主イエス・キリストとともに歩んでいるということ、私たちの間に主イエス・キリストがおられるという信仰を持つ必要があると思います。

 四旬節にあたり、主の受難と復活を思い出しながら、批判などに目を注がずに、勧められた三つの行動を日々生活の中で実行することができますように祈りましょう。

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