小教区の教会のために祈る (1月)

年間第九水曜日(6/2)

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生きている者の神なのだ

マルコ12:27
集会祈願

🌸 第一朗読 (トビト3.1-11a、16-17a)

 1〔その日、〕わたしは心に深い悲しみを覚え、涙を流した。そしてうめきながら祈り始めた。
2「主よ、あなたは正しく、
あなたのすべての業もまた正しいのです。
あなたはすべての御業において、
憐れみと真実を示し、
この世を裁かれます。
3主よ、今わたしを覚え、
わたしに目を留めてください。
わたしの数々の罪ゆえに、
またわたしと先祖たちの無知のゆえに、
わたしを裁かないでください。
わたしは御前に罪を犯し、
4あなたの掟に従わなかったのです。
それゆえ、あなたはわたしたちを、
あらゆる国民の中に散らし、
そこで略奪、捕囚、死を経験させ、
そのためにわたしたちは物笑いの種となり、
あざけり、辱めを味わいました。
5あなたが、わたしの罪ある行いに対して下される
多くの裁きは正しいのです。
わたしたちはあなたの掟を守らず、
あなたの御前に真実をもって歩みませんでした。
6今こそ、御心のままにわたしを裁き、
わたしの魂を取り去り、
わたしが地上から解き放たれ、
土に戻るようにしてください。
なぜなら、わたしは生きるよりも
死んだ方がよいのです。
わたしが耳にするのは、不当な辱めであり、
わたしは大いなる悲しみに包まれています。
主よ、どうぞ、わたしをこの苦しみから解き放ち、
永遠の住まいへ行かせてください。
主よ、あなたの御顔をわたしから
背けないでください。
なぜなら、死んで辱めを耳にすることのない方が、
生きて大きな苦しみに遭うよりましなのです。」
 7その同じ日に、メディアのエクバタナに住むラグエルの娘サラも、父親に仕える女奴隷の一人から辱めの言葉を受けた。 8サラは七人の男に嫁いだが、初夜を過ごす前に、そのつど悪魔アスモダイが男を殺してしまったからである。そのことで、女奴隷はサラに言った。「あなたが、御主人たちを殺したのです。あなたは七人の男に嫁ぎながら、どの方の名も名乗らなかったではありませんか。 9それなのに、あなたの夫たちが死んだからといって、なぜわたしたちにつらく当たるのですか。あなたもあの方々のもとへ行ったらいいでしょう。これから先、あなたの息子も娘も見たくはありません。」
 10その日、サラは心に深い悲しみを覚えて涙を流し、父の家の二階に上がり、首をくくろうとした。しかし思い直して、こう言った。「恐らく人々はわたしの父を侮辱して言うでしょう。『お前には愛する一人娘がいたが、不幸を苦にして首をくくってしまった。』そうなれば、年老いた父を悲しませて、陰府に送り込むことになる。だから、わたしが自分で首をくくってしまうよりも、主にお願いして死なせていただく方がよいのです。そうすれば、生き永らえて辱めの言葉を耳にすることもないでしょう。」
 11そこで彼女は、両手を広げて窓の方に差し伸べ、こう祈った。
 16トビトとサラの二人の祈りは、栄光に満ちた神に同時に聞き入れられた。 17そこで二人をいやすために、ラファエルが送られた。

🌸 答唱詩編 詩編25 典137 ①②

アレルヤ唱 典262 5A

🌸 福音朗読 (マルコ12.18-27)

マルコによる福音
 18〔そのとき、〕復活はないと言っているサドカイ派の人々が、イエスのところへ来て尋ねた。 19「先生、モーセはわたしたちのために書いています。『ある人の兄が死に、妻を後に残して子がない場合、その弟は兄嫁と結婚して、兄の跡継ぎをもうけねばならない』と。 20ところで、七人の兄弟がいました。長男が妻を迎えましたが、跡継ぎを残さないで死にました。 21次男がその女を妻にしましたが、跡継ぎを残さないで死に、三男も同様でした。 22こうして、七人とも跡継ぎを残しませんでした。最後にその女も死にました。 23復活の時、彼らが復活すると、その女はだれの妻になるのでしょうか。七人ともその女を妻にしたのです。」 24イエスは言われた。「あなたたちは聖書も神の力も知らないから、そんな思い違いをしているのではないか。 25死者の中から復活するときには、めとることも嫁ぐこともなく、天使のようになるのだ。 26死者が復活することについては、モーセの書の『柴』の個所で、神がモーセにどう言われたか、読んだことがないのか。『わたしはアブラハムの神、イサクの神、ヤコブの神である』とあるではないか。 27神は死んだ者の神ではなく、生きている者の神なのだ。あなたたちは大変な思い違いをしている。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 エルサレムの神殿でイエスは様々なグループの挑戦を受けられる。今日は祭司たちを輩出したサドカイ派の人々からの挑戦。彼らは、古いモーセ5書(律法)のみを聖典として認め、ファリサイ派のように新しい教えを受け入れようとしない。彼らの挑戦は、イエスが強調する「復活」。彼らは、律法には「復活」への言及がないとして、復活を認めようとしない。
 そして、理屈にならない理屈で、復活を否定しようとする。彼らは、いわゆる「レビラート婚」を持ち出す。これはイスラエルに限らず、いくつかの文化圏に見られるもので、「結婚して、子を儲けずに、死んだ場合、兄弟(弟)が未亡人と結婚して家名を残さなければならない」、というもの。実際に、日本でも、そうした考え方は戦前まで生きていた。
 第一朗読のトビト記にもあったように、兄弟が子どもを儲けずに次々に死んだ場合、もし復活があるなら、そのとき、女はどの男の妻になるのかという問い。よい質問ではあるが、それだけで復活を否定することにはならない。
 「復活」を受け入れることはそう簡単ではない。直接、身近なひとの死を経験したとき、だれが、ただちに復活を信じることができようか。しかし、いのちそのもの、いつか死で終わるこのいのちも、人間が作り出したものでなく、神から与えられたものである。もし、神が、そのいのちが死で終わるのではなく、死を超えて、神のより豊かな命にあずかることを望まれたとしたら、だれが、それを拒むことができようか。まして、主イエスが自らの死を通して復活への道を開いてくださったとすれば。(S.T.)

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