小教区の教会のために祈る (1月)

待降節第三主日(12/11)

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あなたがたも忍耐しなさい。

ヤコブ5:8
集会祈願

🌸 第一朗読 (イザヤ35:1-6a、10)

イザヤの預言
1荒れ野よ、荒れ地よ、喜び躍れ
砂漠よ、喜び、花を咲かせよ
野ばらの花を一面に咲かせよ。
2花を咲かせ
大いに喜んで、声をあげよ。
砂漠はレバノンの栄光を与えられ
カルメルとシャロンの輝きに飾られる。
人々は主の栄光と我らの神の輝きを見る。
3弱った手に力を込め
よろめく膝を強くせよ。
4心おののく人々に言え。
「雄々しくあれ、恐れるな。
見よ、あなたたちの神を。
敵を打ち、悪に報いる神が来られる。
神は来て、あなたたちを救われる。」
5そのとき、見えない人の目が開き
聞こえない人の耳が開く。
6そのとき
歩けなかった人が鹿のように躍り上がる。
口の利けなかった人が喜び歌う。
10主に贖われた人々は帰って来る。
とこしえの喜びを先頭に立てて
喜び歌いつつシオンに帰り着く。
喜びと楽しみが彼らを迎え
嘆きと悲しみは逃げ去る。

🌸 答唱詩編 詩編146 典19 ③③④

🌸 第二朗読 (ヤコブ5:7-10)

使徒ヤコブの手紙
 7兄弟たち、主が来られるときまで忍耐しなさい。農夫は、秋の雨と春の雨が降るまで忍耐しながら、大地の尊い実りを待つのです。 8あなたがたも忍耐しなさい。心を固く保ちなさい。主が来られる時が迫っているからです。 9兄弟たち、裁きを受けないようにするためには、互いに不平を言わぬことです。裁く方が戸口に立っておられます。 10兄弟たち、主の名によって語った預言者たちを、辛抱と忍耐の模範としなさい。

アレルヤ唱 典255 (第三主日)

🌸 福音朗読 (マタイ11:2-11)

マタイによる福音
 2〔そのとき、〕ヨハネは牢の中で、キリストのなさったことを聞いた。そこで、自分の弟子たちを送って、 3尋ねさせた。「来るべき方は、あなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか。」 4イエスはお答えになった。「行って、見聞きしていることをヨハネに伝えなさい。 5目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、耳の聞こえない人は聞こえ、死者は生き返り、貧しい人は福音を告げ知らされている。 6わたしにつまずかない人は幸いである。」 7ヨハネの弟子たちが帰ると、イエスは群衆にヨハネについて話し始められた。「あなたがたは、何を見に荒れ野へ行ったのか。風にそよぐ葦か。 8では、何を見に行ったのか。しなやかな服を着た人か。しなやかな服を着た人なら王宮にいる。 9では、何を見に行ったのか。預言者か。そうだ。言っておく。預言者以上の者である。
10『見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、
あなたの前に道を準備させよう』
と書いてあるのは、この人のことだ。 11はっきり言っておく。およそ女から生まれた者のうち、洗礼者ヨハネより偉大な者は現れなかった。しかし、天の国で最も小さな者でも、彼よりは偉大である。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 待降節も半ばになり、町でもクリスマスのムードが日々深まっています。しかし、教会は、救い主・メシアの誕生を迎えるために、神が、そして、神の民が長い年月をかけて用意したように、大事な待降節の日々を送っています。
 今日の典礼の中心には、先週に続いて洗礼者ヨハネが登場します。しかし、先週と違い、ヨハネは人々の前ではなく、牢の中から、しかも、確信ではなく、若干疑いの思いを込めて、弟子たちに尋ねさせます、「来たるべき方はあなたでしょうか。それとも、ほかの方を待たなければなりませんか」と。メシアの到来を固く信じ、人々に回心を迫ったヨハネは、今、囚われの身となって、メシア・イエスがなさる不思議な業を耳にします。その真偽のほどを確かめるために、弟子をイエスのもとに送るのです。
 イエスは言われます、「目の見えない人は見え、足の不自由な人は歩き、重い皮膚病を患っている人は清くなり、・・・わたしにつまずかない人は幸いである」と。
預言者が語った、メシア時代に実現する夢のような状況を、イエスは彼の弟子を通してヨハネに告げます。ヨハネは、その時代の到来を告げながら、自分は直接体験することはできません。彼は、旧約時代の預言者のように、喜びにあふれた時代の到来を希望しながら、直接体験することなく、生涯を終えます。彼は、旧約時代に足を下ろしながら、メシアの到来を、人づてに聞き、それで満足することしかできませんでした。彼の使命はそこまででした。
 しかし、福音の後半にあるように、イエスはそのヨハネを称揚なさいます。自らの使命を果たし、直接メシアの働きを目撃することなく召されるヨハネを、「彼は預言者以上の者、・・・女から生まれた者のうち洗礼者ヨハネより偉大なものは現れなかった」と言われます。ヨハネは、メシアの到来に向けて最後の準備、回心を呼びかけ、人々の心の準備に命を懸けたのです。ヨハネは、イエスに先立って生きた方です。しかし、決して、過去の人ではありません。ある意味で、現代の教会を象徴する存在です。
 メシア・イエスはお出でになり、その言葉と働きにより、人々に救いに至る道を示し、さらに、御自分の受難と死を通して、永遠の命への道を開いてくださいました。イエスによって、神に逆らう者との戦いで勝利は確かのものとされました。しかし、その恵みの内に生きる教会は、世界中、どこにおいても、主の勝利を体験しているとは言えません。この世界に、苦しみがある限り、貧しさと弱さによって、主の勝利を実感できない多くの人々が残されています。それは、洗礼者ヨハネの置かれた状況と似ています。ヨハネのように、様々な形の牢につながれている人々が、一日も早く解放され、人間として、神の子として、主が与えられる喜びを実感できるように、人類の努力に参加すること、これがわたしたち、教会に生きるものに託された大きな使命です。
 降誕祭を迎える準備に励む教会に、そして、わたしたち一人一人に、そうした行動への勇気と確信を与えてくださるよう祈りましょう。(S.T.)

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2 comments

  1. そして、自分の罪もゆるしを乞いたい。
    言葉の鉄砲玉で人を、人の心を傷つけたこと、等々等。

    返信
  2. 分かち合いが言うところの、人類の努力、とは、この世における人道人権の実現だと思う。

    今年の復活祭は留置場で迎えた。留置係が偶然、モーツァルトをかけた。
    気がつけばボクは思いっ切り踊っていた。
    怪訝そうにしている若い警察官に話しかけると、彼はモーツァルトを知らなかった。
    どちらが牢に入っているのかわからなくなった。
    キリストを直截に知らせることはできなかったが。

    心が牢に繋がれている日本人により、再三、牢に繋がれたボクだが、彼らを心からゆるす恵みを祈り求めたい。

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