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主の言葉を聞いて行う者は皆、

マタイ7:24
集会祈願

🌸 第一朗読 (イザヤ26.)

1その日には、ユダの地でこの歌がうたわれる。
我らには、堅固な都がある。
救いのために、城壁と堡塁が築かれた。
2城門を開け
神に従い、信仰を守る民が入れるように。
3堅固な思いを、あなたは平和に守られる
あなたに信頼するゆえに、平和に。
4どこまでも主に信頼せよ、主こそはとこしえの岩。
5主は高い所に住まう者を引きおろし
築き上げられた都を打ち倒し
地に打ち倒して、塵に伏させる。
6貧しい者の足がそれを踏みにじり
弱い者の足が踏みつけて行く。

🌸 答唱詩編 詩編100 典172 ③④

アレルヤ唱 典255 ⑥

🌸 福音朗読 (マタイ7.21、24-27)

マタイによる福音
 21〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「わたしに向かって、『主よ、主よ』と言う者が皆、天の国に入るわけではない。わたしの天の父の御心を行う者だけが入るのである。
 24「そこで、わたしのこれらの言葉を聞いて行う者は皆、岩の上に自分の家を建てた賢い人に似ている。 25雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家を襲っても、倒れなかった。岩を土台としていたからである。 26わたしのこれらの言葉を聞くだけで行わない者は皆、砂の上に家を建てた愚かな人に似ている。 27雨が降り、川があふれ、風が吹いてその家に襲いかかると、倒れて、その倒れ方がひどかった。」 

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 御言葉を人生の土台とするということは、どういうことでしょうか。それは、主の御言葉を「聞いてそれを行う」ことであると主イエスは言われました。御言葉を読んだり、聞いたり、学ぶことは大切ですが、それだけでは足りません。その御言葉を実行しなければ、何の意味もありません。「賢い人」と「愚かな人」の違いは、御言葉を実行したかどうかでした。御言葉を「聞いた」、「読んだ」、「学んだ」というところで終わってしまい、御言葉を実行しないならば、「砂の上」に家を建てた「愚かな人」と同じです。詩篇1:2-3には、「主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ」人は、「何をしても栄える」と言っています。しかし、「何をしても栄える」ためには、御言葉を実行しなければなりません。日々、御言葉を読み、御言葉を思い巡らすのは、御言葉を行うためです(ヨシュア1:7-8)。御言葉を実行する時に、主の祝福が伴うのです(ヤコブ1:25)。

 聖書は、「御言葉を実行する人になりなさい。」(ヤコブ1:22)と命じています。御言葉を実行するということは、御言葉を自分の日々の歩みに適用するということです。自分の考え方、言葉、生き方を、御言葉に合わせ、それを行うのです。御言葉を実行するということは、「岩の上」に家を建てるように、決して楽ではありません。それは、面倒なこと、難しいこと、苦労することかもしれません。しばしば、御言葉に従うことが困難であったり、犠牲や痛みを伴う時があります。それは、私たちにとって心地よいことではなく、避けたいことかもしれません。しかし、御言葉に従うことから逃げていたら、何の祝福もないのです。

 人生には、どのような試練の嵐が襲って来るのか分かりません。どのような事が起こっても、慌てることなく、恐れることなく、落ち込むことなく、しっかりと信仰を持って、揺るぐことなく、人生を歩みたいものです。人生の試練に会わないように生きることは出来ませんが、試練があっても倒れず、しっかりと生きて行くことは出来ます。そのためには、御言葉に聞き従うことが必要です。御言葉を読んだり、学んだり、聞くだけではなく、実行しましょう。御言葉を聞き、実行する人は、人生の嵐に遭遇しても倒されることはありません。

待降節第一木曜日(12/2)
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