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目をさましていなさい。

マタイ24:42
集会祈願

🌸 第一朗読 (一テサロニケ3.7-13)

 7兄弟たち、わたしたちはあらゆる苦難と患難との中にありながら、あなたがたの信仰によって慰められた。 8なぜなら、あなたがたが主にあって堅く立ってくれるなら、わたしたちはいま生きることになるからである。 9ほんとうに、わたしたちの神のみまえで、あなたがたのことで喜ぶ大きな喜びのために、どんな感謝を神にささげたらよいだろうか。 10わたしたちは、あなたがたの顔を見、あなたがたの信仰の足りないところを補いたいと、日夜しきりに願っているのである。
 11どうか、わたしたちの父なる神ご自身と、わたしたちの主イエスとが、あなたがたのところへ行く道を、わたしたちに開いて下さるように。 12どうか、主が、あなたがた相互の愛とすべての人に対する愛とを、わたしたちがあなたがたを愛する愛と同じように、増し加えて豊かにして下さるように。 13そして、どうか、わたしたちの主イエスが、そのすべての聖なる者と共にこられる時、神のみまえに、あなたがたの心を強め、清く、責められるところのない者にして下さるように。

🌸 答唱詩編 詩編90 典52 ①⑤

アレルヤ唱 典269 ㊸

🌸 福音朗読 (マタイ24.42-51)

マタイによる福音
  42〔その時、イエスは弟子たちに言われた。〕目をさましていなさい。いつの日にあなたがたの主がこられるのか、あなたがたには、わからないからである。 43このことをわきまえているがよい。家の主人は、盗賊がいつごろ来るかわかっているなら、目をさましていて、自分の家に押し入ることを許さないであろう。 44だから、あなたがたも用意をしていなさい。思いがけない時に人の子が来るからである。 45主人がその家の僕たちの上に立てて、時に応じて食物をそなえさせる忠実な思慮深い僕は、いったい、だれであろう。 46主人が帰ってきたとき、そのようにつとめているのを見られる僕は、さいわいである。 47よく言っておくが、主人は彼を立てて自分の全財産を管理させるであろう。 48もしそれが悪い僕であって、自分の主人は帰りがおそいと心の中で思い、 49その僕仲間をたたきはじめ、また酒飲み仲間と一緒に食べたり飲んだりしているなら、 50その僕の主人は思いがけない日、気がつかない時に帰ってきて、 51彼を厳罰に処し、偽善者たちと同じ目にあわせるであろう。彼はそこで泣き叫んだり、歯がみをしたりするであろう。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 「目を覚ましていなさい。いつの日、自分の主が帰って来られるのか、あなたがたには分からないからである。」若い時はいざ知らず、年を重ね、周囲の人が突然召されたりするのを経験すると、自分の番も遠くはない、と思うのは自然だろう。
 ただ、主がこうした言葉を、ただ一人一人の人生についてだけでなく、人類、また、世界の行く末を見据えて言われていることも忘れてはならない。それに関連する事象が、わたしたちの生きる舞台である、この地上で起きていることは、現代人はいやでも意識させられている。環境問題、地球温暖化の問題等、他人事と考えてはいけないことはもちろんである。
 しかし、今日の言葉の中で、もうひとつ注目したい点がある。それは、「忠実で賢い僕は、いったいだれであろうか」と言う言葉、そして、そこに出る「僕」という言葉のことである。「僕」のもとの言葉は「奴隷」(doulos)である。奴隷は、まさに、主人に言われたことを忠実に、悪く言えば、ひとえに盲目的に行うことで主人を満足させる人間である。昔、どの文化にも、そのような人々がいて、社会を支えてきたのは事実である。しかし、そうした人々にも人権があり、尊厳があり、だれをも奴隷のように扱うことが許されないのが現代である。
 それは、人類社会の発展の産物であり歓迎すべきことである。しかし、それと裏腹に「主人」という言葉も、次第に姿を消していく。人々の意識から「主人」という言葉が消えてゆくことは、すべてのものの「主」である方の意識も薄れてゆくことと連動していないだろうか。「自分の主」の前でいつも「僕」であるという意識を持って生きられるように祈ろう。(S.T.)

年間第二十一木曜日(8/26)
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One thought on “年間第二十一木曜日(8/26)

  • 8月 26, 2021 at 7:16 am
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    日々の「分かち合い」を有難うございます。
    朝の祈りと共に御言葉にふれるだけだったのが、この「分かち合い」を通して御言葉を味わう事が日課になりました。
    これからも宜しくお願いします。

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