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兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。

ヨハネ19:34
集会祈願

聖なる父よ、あなたは、人類の罪のために刺し貫かれた御子のみ心のうちに、限りない慈しみの泉を開いてくださいました。わたしたちが、心からの奉献によってキリストの愛にこたえることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (ホセア11.1、3-4、8c-9)

1〔主は言われる。〕
まだ幼かったイスラエルをわたしは愛した。
エジプトから彼を呼び出し、わが子とした。
3エフライムの腕を支えて
歩くことを教えたのは、わたしだ。
しかし、わたしが彼らをいやしたことを
彼らは知らなかった。
4わたしは人間の綱、愛のきずなで彼らを導き
彼らの顎から軛を取り去り
身をかがめて食べさせた。
わたしは激しく心を動かされ
憐れみに胸を焼かれる。
9わたしは、もはや怒りに燃えることなく
エフライムを再び滅ぼすことはしない。
わたしは神であり、人間ではない。
お前たちのうちにあって聖なる者。
怒りをもって臨みはしない。

🌸 答唱詩編 詩編 典164 ①②③

 喜びの心をはずませ、救いの泉から水をくむ。

神はわたしの救い、わたしは信頼して恐れない。
神はわたしの力、わたしの歌、
わたしのすくい。  【答】

神をたたえ、その名を呼ぼう。
神のわざをすべての民に伝え、
その名の誉れを語り告げよう。 【答】

神は不思議なわざを成しとげられた。
神をほめ歌い、
そのわざを世界にのべ伝えよう。 【答】

🌸 第二朗読 (エフェソ3.8-12、14-19)

 8〔皆さん、異邦人が神の約束にあずかるという福音に仕える〕恵みは、聖なる者たちすべての中で最もつまらない者であるわたしに与えられました。わたしは、この恵みにより、キリストの計り知れない富について、異邦人に福音を告げ知らせており、 9すべてのものをお造りになった神の内に世の初めから隠されていた秘められた計画が、どのように実現されるのかを、すべての人々に説き明かしています。 10こうして、いろいろの働きをする神の知恵は、今や教会によって、天上の支配や権威に知らされるようになったのですが、 11これは、神がわたしたちの主キリスト・イエスによって実現された永遠の計画に沿うものです。 12わたしたちは主キリストに結ばれており、キリストに対する信仰により、確信をもって、大胆に神に近づくことができます。 
 14こういうわけで、わたしは御父の前にひざまずいて祈ります。 15御父から、天と地にあるすべての家族がその名を与えられています。 16どうか、御父が、その豊かな栄光に従い、その霊により、力をもってあなたがたの内なる人を強めて、 17信仰によってあなたがたの心の内にキリストを住まわせ、あなたがたを愛に根ざし、愛にしっかりと立つ者としてくださるように。 18また、あなたがたがすべての聖なる者たちと共に、キリストの愛の広さ、長さ、高さ、深さがどれほどであるかを理解し、 19人の知識をはるかに超えるこの愛を知るようになり、そしてついには、神の満ちあふれる豊かさのすべてにあずかり、それによって満たされるように。

アレルヤ唱 典266 イエスのみ心B

アレルヤ、アレルヤ。神は先にわたしたちを愛し、わたしたちの罪のゆるしのために、ひとり子を遣わされた。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (ヨハネ19.31-37)

ヨハネによる福音
 31その日は準備の日で、翌日は特別の安息日であったので、ユダヤ人たちは、安息日に遺体を十字架の上に残しておかないために、足を折って取り降ろすように、ピラトに願い出た。 32そこで、兵士たちが来て、イエスと一緒に十字架につけられた最初の男と、もう一人の男との足を折った。 33イエスのところに来てみると、既に死んでおられたので、その足は折らなかった。 34しかし、兵士の一人が槍でイエスのわき腹を刺した。すると、すぐ血と水とが流れ出た。 35それを目撃した者が証ししており、その証しは真実である。その者は、あなたがたにも信じさせるために、自分が真実を語っていることを知っている。 36これらのことが起こったのは、「その骨は一つも砕かれない」という聖書の言葉が実現するためであった。 37また、聖書の別の所に、「彼らは、自分たちの突き刺した者を見る」とも書いてある。

奉納祈願

恵み豊かな神よ、御子イエスのみ心あふれるいつくしみを顧みてください。わたしたちの罪の償いとしてこの供えものが受け入れられますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

神よ、愛の秘跡に強められて祈ります。わたしたちの心がいつも主イエスを求め、人々のうちに御子の姿を見いだすことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 6月はカトリック教会の伝統によって主イエスのみ心の月と呼ばれています。今日はちょうど主イエスのみ心の祭日を迎えてきて、このみ心を礼拝しながら、改めて神の愛を思い起こしましょう。

 主イエスのみ心は全人類に対する神の愛の象徴として主イエスの心臓を表し、その信心は主イエスのみ心に表される神の愛を思い起こし、その無限の愛のしるしであるみ心をたたえるものとして中世に始りましたそうです。

 み心の信心は、教会において基礎となるものであり、キリスト教の中心といえるものでありますから、主イエスのみ心の限りない愛に対して、できる限りの愛をもってこたえるというみ心の信心の目的をしっかりともちながら特にこの月を過ごしていきたいものです。

 ところが、私たちはたまたま神の愛を忘れ、み心への信心が足りない気がします。主イエスのみ心の祭儀を捧げる前に、私たちの弱さと罪を認め、神の赦しを願い、み心への信心が深くできるように祈りましょう。特に、「槍で刺し貫かれた主イエスの脇腹(ヨハネ19・34参照)を礼拝しながら観想することにより、私たちは、人びとを救おうとする神のみ旨を感じることができるようになります。

 主イエスは私たちをとっても愛していますが、それは言葉ではなく、その働き、そのいのちをもって愛しておられるのです。聖イグナチオがしばしば繰り返していたように、言葉よりも行いにおいて示され、特に受けるよりも与えることにおいて示される愛です。この二つの判断基準こそが、本物の愛の支柱となっているのです。

 ベトナム教会には次のような絵があります。この絵はどこから、いつから来たかが分かりませんが、面白い説があります。

 1597年、日本でキリストを信じる人々を逮捕する命令は厳格でした。わずか短い間で、多くのカトリック機関が破壊され、聖職者のほとんどが逮捕され、信徒も逮捕され、迫害され、ひどい拷問を受けました。

 その時、鎌倉では、2人の若い神父、島内神父とウザワ神父が捕らえられ、同時に多くのカトリック的なメダイや画像も東京の方に送られた。塚本大臣がその画像の中からみ心の絵を取り、どんな人が心臓を外に置くのだろうと言いながら、ゴミ箱に捨てました。しかしその夕方、彼はその奇妙な絵に何か意味があるに違いないと思い出し、考え始めました。彼はもう一度その絵を拾って、テーブルの上に置き、夜中までみ心の絵を前に一人でじっと座っていました。ようやく彼が何か深い意味を見つけ、静かに息を吐き、この絵の下にいくつかの言葉を書きました。「対外有心、対内無心」、すなわち「外側に対して心があり、内側に対して心はない」という意味です。それ以来、塚本大臣はみ心の絵を丁重に机の上に置きました。彼が書いた言葉は具体的にどんな意味があるでしょう。その後、ある友人に次のように説明したようです。

 文化的にも人道的にも、私はこの絵がとても好きです。見てごらん:他の人、外部の人に対しては「有心」、自分にたしては「無心」。つまり、キリスト者たちはキリストのように社会に奉仕し、人々を助けるために、心を尽くさなければなりません。そして彼らによって自分自身を犠牲にし、自分のことを心配することはなく、自己(わがまま)を捨てている必要があります。人々のために心を捧げるのです。この絵では、仏教の慈悲よりも完全であり、孔子の人間性よりも寛容であり、ラオスの無私の心よりも高く、日本の神道の武道よりも強いと思います。人類に奉仕し、すべての人を愛し、自己の利益を気にしたりしないように教えている宗教は、確かに正しい宗教です。

イエスのみ心 金曜日(6/11)
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