非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

主の昇天(B)(5/16)

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全世界に行って、福音を宣べ伝えなさい

マルコ16:15
集会祈願

全能の神よ、あなたは御ひとり子イエスを、苦しみと死を通して栄光に高め、新し天と地を開いてくださいました。主の昇天に、わたしたちの未来の姿が示されています。キリストに結ばれるわたしたちをあなたのもとに導き、ともに永遠のいのちに入らせてください。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (使徒言行録1.1-11)

 1-2テオフィロさま、わたしは先に第一巻を著して、イエスが行い、また教え始めてから、お選びになった使徒たちに聖霊を通して指図を与え、天に上げられた日までのすべてのことについて書き記しました。
 3イエスは苦難を受けた後、御自分が生きていることを、数多くの証拠をもって使徒たちに示し、四十日にわたって彼らに現れ、神の国について話された。 4そして、彼らと食事を共にしていたとき、こう命じられた。「エルサレムを離れず、前にわたしから聞いた、父の約束されたものを待ちなさい。 5ヨハネは水で洗礼を授けたが、あなたがたは間もなく聖霊による洗礼を授けられるからである。」
 6さて、使徒たちは集まって、「主よ、イスラエルのために国を建て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねた。 7イエスは言われた。「父が御自分の権威をもってお定めになった時や時期は、あなたがたの知るところではない。 8あなたがたの上に聖霊が降ると、あなたがたは力を受ける。そして、エルサレムばかりでなく、ユダヤとサマリアの全土で、また、地の果てに至るまで、わたしの証人となる。」 9こう話し終わると、イエスは彼らが見ているうちに天に上げられたが、雲に覆われて彼らの目から見えなくなった。 10イエスが離れ去って行かれるとき、彼らは天を見つめていた。すると、白い服を着た二人の人がそばに立って、 11言った。「ガリラヤの人たち、なぜ天を見上げて立っているのか。あなたがたから離れて天に上げられたイエスは、天に行かれるのをあなたがたが見たのと同じ有様で、またおいでになる。」

🌸 答唱詩編 詩編47 典112 ①②③

 主はのぼられた、喜びの叫びのうちに。

全ての民よ、手を打ち鳴らし、
神に喜びの叫びをあげよ。
すべてを越える神、恐るべきかた、
世界を治める偉大な王。  【答】

主は喜びの叫びのうちに、
角笛の響きとともにのぼられた。
神をたたえてほめ歌え。
私たちの王をほめ歌え。  【答】

まことに神は世界の王。
力の限りほめ歌え。
神は諸国の民を導き、
といとい座についておられる。  【答】

🌸 第二朗読 (エフェソ4.1-13、または4.1-7、11-13)

 1〔皆さん、〕主に結ばれて囚人となっているわたしはあなたがたに勧めます。神から招かれたのですから、その招きにふさわしく歩み、 2一切高ぶることなく、柔和で、寛容の心を持ちなさい。愛をもって互いに忍耐し、 3平和のきずなで結ばれて、霊による一致を保つように努めなさい。 4体は一つ、霊は一つです。それは、あなたがたが、一つの希望にあずかるようにと招かれているのと同じです。 5主は一人、信仰は一つ、洗礼は一つ、 6すべてのものの父である神は唯一であって、すべてのものの上にあり、すべてのものを通して働き、すべてのものの内におられます。
 7しかし、わたしたち一人一人に、キリストの賜物のはかりに従って、恵みが与えられています。 8そこで、
「高い所に昇るとき、捕らわれ人を連れて行き、
人々に賜物を分け与えられた」
と言われています。
 9「昇った」というのですから、低い所、地上に降りておられたのではないでしょうか。 10この降りて来られた方が、すべてのものを満たすために、もろもろの天よりも更に高く昇られたのです。 11そして、ある人を使徒、ある人を預言者、ある人を福音宣教者、ある人を牧者、教師とされたのです。 12こうして、聖なる者たちは奉仕の業に適した者とされ、キリストの体を造り上げてゆき、 13ついには、わたしたちは皆、神の子に対する信仰と知識において一つのものとなり、成熟した人間になり、キリストの満ちあふれる豊かさになるまで成長するのです。

アレルヤ唱 典266(主の昇天)

アレルヤ、アレルヤ。全世界に行き、すべての人をわたしの弟子にしなさい。わたしは世の終わりまでいつもあなたがたとともにいる。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (マルコ16.15-20)

マルコによる福音
 15〔そのとき、いえすは十一人の弟子に現れて、〕イエスは言われた。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい。 16信じて洗礼を受ける者は救われるが、信じない者は滅びの宣告を受ける。 17信じる者には次のようなしるしが伴う。彼らはわたしの名によって悪霊を追い出し、新しい言葉を語る。 18手で蛇をつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置けば治る。」
 19主イエスは、弟子たちに話した後、天に上げられ、神の右の座に着かれた。 20一方、弟子たちは出かけて行って、至るところで宣教した。主は彼らと共に働き、彼らの語る言葉が真実であることを、それに伴うしるしによってはっきりとお示しになった。

奉納祈願

聖なる父よ、主の昇天を祝い、喜びのうちにこの供えものをささげるわたしたちを受け入れて下さい。御子とともにあなたの栄光をたたえることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

全能永遠の神よ、地上を旅するわたしたちは、今、いのちの糧に強められて祈ります。天に上げられたキリストに結ばれて、いつも永遠の国を目指すことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 5月14日に広島県と岡山県に発令された「緊急事態宣言」を受けて、広島教 区長白浜司教様より、広島教区の皆様あての書簡が届きました。
 それによると、広島県と岡山県にあるすべての教会において、5月16日から 5月31日までの間、ミサを一斉に非公開とするとのことです。
 ただし、山口県、島根県、鳥取県内の教会については、それぞれの地域の感染 状況を把握しながら、各小教区の判断に基づいて、公開ミサの中止等の措置を取るよう求められています。急遽、教会代表の方と協議した結果、5月16日のミ サは従来通りとし、2 3日、30日については、その後の状況をみて判断することといたしました。引き続き、感染防止の対策を取りながら、今後の指示に従って行動されるようお願いいたします。(主任司祭作道宗三神父)

 皆さん、主の昇天の祭日を祝うときに、私たちは何をお祝いしましょうか。何の祝いでしょう。主の昇天とは、主はご自分の使命を果たし、もう全うしましたからこの世に残る必要もなく、弟子たちにさよならと言って天に昇ってしまいましたという別れの意味ではありません。むしろ、皆さんがよくご存知だと思いますが、主の昇天とは、復活された主はご自分をこの世に遣わされた御父のもとに戻られたのです。主はご自分の務めを果たし、御父のもとに戻ります。しかし、これは別れではありません。むしろ、主は新しいかたちで、永遠に私たちのもとにとどまっておられます。

 復活した主は、ご自分が天に昇ることを通して、使徒達の目を、そして私たちの目を天の高みに向けます。こう言う意味で、私たちは今主の昇天をお祝いします。主イエスは神のもとに戻りますから、私たちともっと近くなります。たとえ目に見えなくても、主イエスは私たち一人ひとりのすぐそばにおられます。そして、私たちに寄り添い、導いてくださいます。私たちが倒れた時には、手を取って起こしてくださいます。復活した主イエスは、迫害され、差別されているキリスト者、苦しんでいる人の隣におられます。今日も主イエスは、この世にいる私たち皆のすぐそばにおられます。だからこそ、今私たちは主の昇天のお祝いを喜んで行います。

 マタイによる福音書によれば、主イエスは弟子たちを派遣するとき、「わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたと共にいる」ということを約束してくださいます。しかし、マルコの方は、弟子たちが主イエスの命令に従って、出かけて宣教した時に、「主は彼らとともに働き」ということを語ります。やはり、マルコによって、私たちは宣教したとき、主イエスは私たちとともに働いてくださるということを体験することができると考えられています。これは主の昇天を祝う二つ目の理由です。主イエスによって、私たちは全世界に派遣されましたということです。「全世界に行って、すべての造られたものに福音を宣べ伝えなさい」と。

 福音とはなんでしょうか。復活した主イエスとともにいるというメッセージではないでしょうか。復活した主イエスとともにいるならば、悪霊を追い出すことができるし、新しい言葉を語り、手でへびをつかみ、また、毒を飲んでも決して害を受けず、病人に手を置いて治すことができます。ここでは、色々な表現が現れますが、つまり、迫害があっても、勇気をもって、御父である神の深い慈しみを証するのです。神の道から離れていた人々を神の愛に立ち戻らせ、愛の言葉を分かち合い、勇気を出し、人々を癒すという証です。これは福音の宣教でしょう。

 主イエスの派遣によって、私たちのキリスト教共同体は、「出向いていく」共同体、「出発する」共同体です。しかも、教会は「出向いていく」ことによって誕生しました。ですから、私たちは、人々に復活した主イエスを告げ知らせるために出向いていくのです。つまり、今私たちは主の昇天をお祝いしながら、自分の使命を改めて考えることが出来ると思います。出向いていくという福音宣教の使命です。宣教するとき、私独りだけではなく、主イエスとともに、また共同体の皆とともに宣教するのです。「慈しみと愛のあるところ神ともに」ということを証しましょう。(ubi caritas)

 母なるマリアも、主イエスとともに私たちのそばにおられます。ですからいま、聖母マリアに願い求めましょう。主イエスとともに私たちに寄り添い、私たちの希望の母となってくださいますように。

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