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これはわたしの愛する子。これに聞け。

マルコ9:7
集会祈願

栄光に満ちた神よ、あなは受難に向かうイエスを「愛する子」として示してくださいました。キリストのことばを聞き、キリストに従うわたしたちが、神の子供としての道を歩み続けることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (創世記22.1-2、9a、10-13、15-18)

 1〔その日〕神はアブラハムを試された。
神が、「アブラハムよ」と呼びかけ、彼が、「はい」と答えると、 2神は命じられた。
「あなたの息子、あなたの愛する独り子イサクを連れて、モリヤの地に行きなさい。わたしが命じる山の一つに登り、彼を焼き尽くす献げ物としてささげなさい。」
9神が命じられた場所に着くと、アブラハムはそこに祭壇を築き、薪を並べた。10そしてアブラハムは、手を伸ばして刃物を取り、息子を屠ろうとした。
11そのとき、天から主の御使いが、「アブラハム、アブラハム」と呼びかけた。彼が、「はい」と答えると、 12御使いは言った。
「その子に手を下すな。何もしてはならない。あなたが神を畏れる者であることが、今、分かったからだ。あなたは、自分の独り子である息子すら、わたしにささげることを惜しまなかった。」
13アブラハムは目を凝らして見回した。すると、後ろの木の茂みに一匹の雄羊が角をとられていた。アブラハムは行ってその雄羊を捕まえ、息子の代わりに焼き尽くす献げ物としてささげた。
15主の御使いは、再び天からアブラハムに呼びかけた。 16御使いは言った。
「わたしは自らにかけて誓う、と主は言われる。あなたがこの事を行い、自分の独り子である息子すら惜しまなかったので、 17あなたを豊かに祝福し、あなたの子孫を天の星のように、海辺の砂のように増やそう。あなたの子孫は敵の城門を勝ち取る。 18地上の諸国民はすべて、あなたの子孫によって祝福を得る。あなたがわたしの声に聞き従ったからである。」

🌸 答唱詩編 詩編116 典82 ⑤④

 神を敬う人の死は、神に前にとうとい。
  救いの杯をささげる、神の名を呼び求めよ。

わたしは神の前を歩む、
神に生きる人々の中で。
神が与えて下さったっすべての恵みに、
わたしはどのようにこたえよう。   【答】

神よ、わたしはあなたのしもべ、
あなはわたしを救われる。
すべての民の前に進み出て、
神に立てた誓いを果たそう。  【答】

🌸 第二朗読 (ローマ8.31b-34)

 〔みなさん、〕もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。 32わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。 33だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。 34だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。

詠唱 典260 第二主日

輝く雲の中から父の声が聞こえた。「これはわたしの愛する子、かれに聞け。」

🌸 福音朗読 (マルコ9.2-10)

マルコによる福音
 2〔そのとき、〕イエスは、ただペトロ、ヤコブ、ヨハネだけを連れて、高い山に登られた。イエスの姿が彼らの目の前で変わり、 3服は真っ白に輝き、この世のどんなさらし職人の腕も及ばぬほど白くなった。 4エリヤがモーセと共に現れて、イエスと語り合っていた。 5ペトロが口をはさんでイエスに言った。「先生、わたしたちがここにいるのは、すばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです。」 6ペトロは、どう言えばよいのか、分からなかった。弟子たちは非常に恐れていたのである。 7すると、雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。「これはわたしの愛する子。これに聞け。」 8弟子たちは急いで辺りを見回したが、もはやだれも見えず、ただイエスだけが彼らと一緒におられた。
9一同が山を下りるとき、イエスは、「人の子が死者の中から復活するまでは、今見たことをだれにも話してはいけない」と弟子たちに命じられた。 10彼らはこの言葉を心に留めて、死者の中から復活するとはどういうことかと論じ合った。

奉納祈願

光り輝く父よ、主キリストの食卓に招かれたわたしたちの信仰と愛を強めてください。きょうも喜びをもって救いの神秘を祝うことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

父である神よ、主イエスとともにこの時を過ごし、主のからだに結ばれた恵みを感謝します。四旬節そ過ごしているわたしたちが、キリストに従い、すべての人の救いのために働く者となりますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 東京オリンピックの開会まであと140日あまりと迫ってきましたが、まだ、開催の可否の最終的判断はなされていません。相変わらず、開催を楽しみにしている人が多くいる反面、終結がまだ見込めないコロナ禍の中で、開催に否定的な意見を持つ人も増えています。そんな中でも、選手たちは、様々な制約の中で、ひたすら栄冠を目指して、日夜練習に励んでいます。コロナ禍で日々治療に献身する医療従事者同様、こうした選手たちのひた向きな努力に頭がさがります。

 灰の水曜日から10日も過ぎ、四旬節も第二週に入りました。明日から3月で、もう一月もすれば、復活祭です。今日の福音では、主イエスの短い公生活の山場とも言うべき出来事の中から、変容の場面が読まれました。人々が自分のことを何者だと言っているか、と問われたとき、弟子たちを代表して、ペトロは「あなたはメシア、神の子です」と告白します。イエスはその直後、そのことを誰にも言わないように諭し、ひそかにご自分がお受けになる苦しみの予告をされます。その意味を理解することができずにいる弟子たちに、苦しみ、そして、十字架は、イエスだけでなく、イエスに従うものが、すべて通らなければならない、真のいのちへの道であることを教えます。

 それに続くのが今日の箇所ですが、本文には、「六日の後」という言葉が冒頭に記されています。受難の予告がまだ、耳に残り、消化しきれない状態にあった弟子たちーペトロ、ヤコブ、ヨハネーを連れてイエスは高い山に登られます。そして、彼らの目の前で、その姿が、この世のものとは思えないほどの輝きに包まれます。そして、旧約の双璧、エリヤとモーセが現れ、主と語られます。何を話されたのでしょうか。ルカは、「イエスがエルサレムで遂げようとしておられる最期について話していた」と言葉を添えます。ペトロはとっさに、何を言ったらよいのかわからず、「先生、ここにわたしたちがいるのはすばらしいことです。仮小屋を三つ建てましょう。一つはあなたのため、一つはモーセのため、もう一つはエリヤのためです」と。師のまばゆいばかりの輝きの中で、いつまでもそこにとどまりたいという思いから、自然と口に上った言葉でしょうか。

 変容の出来事は、受難という思いもしない予告にたじろぐ弟子たちを慰め、励ますための出来事だと説明されることがよくあります。イエスが受けられる苦しみの中で、弟子たちがその試練にくじけず、その苦しみを乗り越えてゆけるようにとの、神の計らいであると。しかし、この出来事は、もっと広い視野の中で受け止めなければなりません。変容の出来事の後半には、「雲が現れて彼らを覆い、雲の中から声がした。『これはわたしの愛する子。これに聞け』と。大いなる輝きに包まれたイエスが、まさに、神のもとから遣わされた方であり、その存在、その言葉、その働きを、神からのものとして受けとめ、それに従って歩むようにとの、神ご自身からの告げだったのではないでしょうか。神の栄光に包まれた神の子である方が、人となって、罪に汚れた人の世に生き、苦しみ、そして死をも受け入れられる、そのことの中に、神の人々への限りない愛が表れていることを伝えているのではないでしょうか。

 今日の第一朗読では、アブラハムが、年老いて与えられた息子イサクを捧げよ、という神の声に従って、息子を捧げよとしたことが読まれました。アブラハムの、その惜しみない心を嘉せられた神は、アブラハムを祝福し、大いなる民とすることを約束されたことが読まれました。第二朗読のローマの教会への手紙では、パウロは「わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか」と記します。

 神が、その愛する御子をこの世にお遣わしになり、そして、その子が、十字架の苦しみを受け、死んで葬られ、三日目に死者の中から復活されたこと、これがわたしたちの信仰に確信です。あの栄光に満ちた、神と等しいお方が、わたしたち人間と同じ身分のものとなり、人間が経験する苦しみ、しかも、その極みである十字架の死を甘受して、栄光に入られたということ、それは、ただ、過去の出来事ではなく、今も、これからも、繰り返し、人間の歴史の中に、また、わたしたち一人一人の人生の中に再現される神秘であることを、あらためて理解し、悟り、生きる恵みを祈りましょう。思いがけない物事の展開に戸惑い、希望を失いかける時、解決の見えない袋小路にはまってしまった思いでむなしい時を過ご時、自らの最愛の子を、死に渡され、その栄光に導かれた父なる神の愛を思い起こし、すべてを委ねて生きる恵みを祈りましょう。(S.T.)

四旬節第二主日 (2月28)
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