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種を蒔く人が種蒔きに出て行った

マルコ4:3
集会祈願

🌸 第一朗読 (ヘブライ10.11-18)

11すべての祭司は、毎日礼拝を献げるために立ち、決して罪を除くことのできない同じいけにえを、繰り返して献げます。 12しかしキリストは、罪のために唯一のいけにえを献げて、永遠に神の右の座に着き、 13その後は、敵どもが御自分の足台となってしまうまで、待ち続けておられるのです。 14なぜなら、キリストは唯一の献げ物によって、聖なる者とされた人たちを永遠に完全な者となさったからです。
15聖霊もまた、わたしたちに次のように証ししておられます。
16「『それらの日の後、わたしが
彼らと結ぶ契約はこれである』と、
主は言われる。『わたしの律法を彼らの心に置き、
彼らの思いにそれを書きつけよう。
17もはや彼らの罪と不法を思い出しはしない。』」
18罪と不法の赦しがある以上、罪を贖うための供え物は、もはや必要ではありません。

🌸 答唱詩編 詩編110 典159 ①②

アレルヤ唱 典268 ㉓

🌸 福音朗読 (マルコ4.1-20)

マルコによる福音
 1〔その時、〕イエスは、再び湖のほとりで教え始められた。おびただしい群衆が、そばに集まって来た。そこで、イエスは舟に乗って腰を下ろし、湖の上におられたが、群衆は皆、湖畔にいた。 2イエスはたとえでいろいろと教えられ、その中で次のように言われた。 3「よく聞きなさい。種を蒔く人が種蒔きに出て行った。 4蒔いている間に、ある種は道端に落ち、鳥が来て食べてしまった。 5ほかの種は、石だらけで土の少ない所に落ち、そこは土が浅いのですぐ芽を出した。 6しかし、日が昇ると焼けて、根がないために枯れてしまった。 7ほかの種は茨の中に落ちた。すると茨が伸びて覆いふさいだので、実を結ばなかった。 8また、ほかの種は良い土地に落ち、芽生え、育って実を結び、あるものは三十倍、あるものは六十倍、あるものは百倍にもなった。」 9そして、「聞く耳のある者は聞きなさい」と言われた。
たとえを用いて話す理由
 10イエスがひとりになられたとき、十二人と、イエスの周りにいた人たちとがたとえについて尋ねた。 11そこで、イエスは言われた。「あなたがたには神の国の秘密が打ち明けられているが、外の人々には、すべてがたとえで示される。 12それは、
『彼らが見るには見るが、認めず、
聞くには聞くが、理解できず、
こうして、立ち帰って赦されることがない』
ようになるためである。」
 13また、イエスは言われた。「このたとえが分からないのか。では、どうしてほかのたとえが理解できるだろうか。 14種を蒔く人は、神の言葉を蒔くのである。 15道端のものとは、こういう人たちである。そこに御言葉が蒔かれ、それを聞いても、すぐにサタンが来て、彼らに蒔かれた御言葉を奪い去る。 16石だらけの所に蒔かれるものとは、こういう人たちである。御言葉を聞くとすぐ喜んで受け入れるが、 17自分には根がないので、しばらくは続いても、後で御言葉のために艱難や迫害が起こると、すぐにつまずいてしまう。 18また、ほかの人たちは茨の中に蒔かれるものである。この人たちは御言葉を聞くが、 19この世の思い煩いや富の誘惑、その他いろいろな欲望が心に入り込み、御言葉を覆いふさいで実らない。 20良い土地に蒔かれたものとは、御言葉を聞いて受け入れる人たちであり、ある者は三十倍、ある者は六十倍、ある者は百倍の実を結ぶのである。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 畑で働くことを考えてみれば、種蒔きは、まず種を蒔き、次いでそこの土地を整える必要があるでしょう。種を蒔いた後で様々な世話をしなければなりません。場合によっては石を取り除き、茨を取り除きというようなことをしたかもしれません。いずれにしても、「種を蒔く人」が非常に大きな労苦をするのです。

 この「種を蒔く人」は惜しみなく種を蒔いていきます。けれども決して無駄遣いをしているとは思っていないでしょう。むしろ必ず良い実を結ぶことを信じて、種を蒔き続けています。私たちは、四つの中の土地のどれかと問われたならば、たしかに道端の土地であり、石だらけで土の少ない所であり、茨の中であるかもしれません。

 しかし「種を蒔く人」そんな私たちのために労苦し、土地を整え、実を結ぶことができるようしてくださいます。聞く耳を与え、聞くべき言葉を与えてくださいます。

 ところで、神のみ言葉は、私たちをなぐさめ、勇気づけてくださいます。同時に、利己主義に捕らわれた状態に対峙し、そこから抜け出して回心するように求めておられます。み言葉には、私たちの生き方を変え、暗闇から光へと導く力があるのです。これは実を結ぶという意味でしょう。

 主イエスが今日もみ言葉の種を蒔いてくださっています。「よく聞きなさい」(3節)、「聞く耳のある者は聞きなさい」(9節)、この主イエスの呼びかけに応えたいと思います。そうしようとするならば、主イエスはみ言葉の種を惜しみなく与えてくださいます。種をもらったらそれで終わりではありません。種は成長し、やがて実を結びます。そのことを信じ、み言葉を聴き続けたいと願います。

年間第三水曜日(1月27)
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