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「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」

ルカ8:21
集会祈願

???? 第一朗読 (箴言21:1-6、10-13)

1主の御手にあって王の心は水路のよう。
主は御旨のままにその方向を定められる。
2人間の道は自分の目に正しく見える。
主は心の中を測られる。
3神に従い正義を行うことは
いけにえをささげるよりも主に喜ばれる。
4高慢なまなざし、傲慢な心は
神に逆らう者の灯、罪。
5勤勉な人はよく計画して利益を得
あわてて事を行う者は欠損をまねく。
6うそをつく舌によって財宝を積む者は
吹き払われる息、死を求める者。
10神に逆らう者の欲望は悪に注がれ
その目は隣人をも憐れまない。
11不遜な者を罰すれば、浅はかな者は知恵を得る。
知恵ある人を目覚めさせるなら
彼は知識を得る。
12神に従う人は逆らう者の家を識別し
神に逆らう者を災いに落とす。
13弱い人の叫びに耳を閉ざす者は
自分が呼び求める時が来ても答えは得られない。

???? 答唱詩編 詩編119 典75①②

アレルヤ唱 典270 31B

???? 福音朗読 (ルカ8:19-21)

ルカによる福音

 19〔そのとき、〕イエスのところに母と兄弟たちが来たが、群衆のために近づくことができなかった。 20そこでイエスに、「母上と御兄弟たちが、お会いしたいと外に立っておられます」との知らせがあった。 21するとイエスは、「わたしの母、わたしの兄弟とは、神の言葉を聞いて行う人たちのことである」とお答えになった。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 人間にとって家族ほど深い人間関係はない、と言ってよいかもしれません。たとえ離れていても、疎遠な関係になったとしても、家族の絆は断つことはできません。
イエスは、親子の縁、その愛の深さを決して否定なさるわけではありません。しかし、イエスは、それに勝る絆があることを教えます。それは、神のみ旨を行うことによって生まれる絆です。
 マルコやマタイが「神のみ心を行う人」と言うところを、ルカは、あえて、「神の言葉を聞いて行う人」と言います。聖書の中で、「聞く」は本来、「聞き従う」を意味していました。しかし、いつの間にか、聞くだけで行わないことが増え、聞くことと行うことが区別されるようになったのでしょうか。
 「神の言葉」には、何かを生み出す力、作り出す力があります。創造のはじめに「神は言われた」と繰り返されるのは、神の言葉には、まさに、そうした力がみなぎっているからでしょう。しかし、人間は、言葉を単なる発信手段と考え、聞くことと、行うことの間に乖離が生じてしまったのです。
 「わたしの母、わたしの兄弟」と言われるためには、神の言葉を、人間を動かす力、新しい人間に作り替える力をもったものとして、聞き、それに自らを全面的に開き、受け入れ、従うことが求められているのです。(S.T.)

年間二十五火曜日(9月22)
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