非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

年間第九木曜日(偶数年)

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集会祈願

???? 第一朗読 (2テモテ2:8-15)

使徒パウロのテモテへの手紙

 〔愛する者よ、〕8イエス・キリストのことを思い起こしなさい。わたしの宣べ伝える福音によれば、この方は、ダビデの子孫で、死者の中から復活されたのです。 9この福音のためにわたしは苦しみを受け、ついに犯罪人のように鎖につながれています。しかし、神の言葉はつながれていません。 10だから、わたしは、選ばれた人々のために、あらゆることを耐え忍んでいます。彼らもキリスト・イエスによる救いを永遠の栄光と共に得るためです。 11次の言葉は真実です。
「わたしたちは、キリストと共に死んだのなら、
キリストと共に生きるようになる。
12耐え忍ぶなら、
キリストと共に支配するようになる。
キリストを否むなら、
キリストもわたしたちを否まれる。
13わたしたちが誠実でなくても、
キリストは常に真実であられる。
キリストは御自身を
否むことができないからである。」

 14これらのことを人々に思い起こさせ、言葉をあげつらわないようにと、神の御前で厳かに命じなさい。そのようなことは、何の役にも立たず、聞く者を破滅させるのです。 15あなたは、適格者と認められて神の前に立つ者、恥じるところのない働き手、真理の言葉を正しく伝える者となるように努めなさい。 

???? 答唱詩編 詩編25 典137①②

答:すべての人の救いを願い、
  わたしはあなたを持ち望む。

神よ、あなたの道を示し、
その小道を教えてください。
あなたの真理のうちに、
わたしを導き、さとしてください。 【答】

神はあわれみ深く、正義に満ち、
罪びとに道を示される。
神は貧い人を正義に導き、
へりくだる人にその道を教えられる。 【答】

アレルヤ唱

アレルヤ、アレルヤ。わたしたちの救い主イエス・キリストは死を滅ぼし、福音によって生涯を照らしてくださった。アレルヤ、アレルヤ。

???? 福音朗読 (マルコ12:28b-34)

マルコによる福音

〔その時、一人の律法学者が進み出て、イエスに尋ねた。〕「あらゆる掟のうちで、どれが第一でしょうか。」 29イエスはお答えになった。「第一の掟は、これである。『イスラエルよ、聞け、わたしたちの神である主は、唯一の主である。 30心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くし、力を尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 31第二の掟は、これである。『隣人を自分のように愛しなさい。』この二つにまさる掟はほかにない。」 32律法学者はイエスに言った。「先生、おっしゃるとおりです。『神は唯一である。ほかに神はない』とおっしゃったのは、本当です。 33そして、『心を尽くし、知恵を尽くし、力を尽くして神を愛し、また隣人を自分のように愛する』ということは、どんな焼き尽くす献げ物やいけにえよりも優れています。」 34イエスは律法学者が適切な答えをしたのを見て、「あなたは、神の国から遠くない」と言われた。もはや、あえて質問する者はなかった。

奉納祈願

愛と平和の源である神よ、この供えものを通して、あなたにふさわしい礼拝がささげられ、秘跡によってわたしたちが一つに、結ばれることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

いのちの源である父よ、一つのパン、一つの杯にあずかったわたしたちがキリストのうちに一つに結ばれ、救いの喜びを世に伝えるものとなりますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

???? 分かち合い

 教皇フランシスコは、愛は信仰をはかるものであり、信仰は愛の魂であると言いました。信仰生活、信心生活と、実際に出会った兄弟姉妹への奉仕とを切り離すことはできません。祈りや秘跡における神との出会いを、他者に耳を傾けることと、彼らの生活、とりわけその傷に寄り添うことと切り離すことはできません。確かに、愛は信仰をはかるものです。わたしたちの信仰は、どのように愛しているかによって表されます。信仰は愛の魂です。

 さて、神の顔が多くの兄弟姉妹の顔の一つ一つに映し出されています。とりわけ、もっとも小さく、弱く、無力で困窮している人々の顔の中に、神ご自身の姿が表れています。そうした兄弟姉妹の一人に出会うとき、自分自身に問いかけましょう。わたしたちは、その人の中に神の顔を見いだすことができるでしょうか。わたしたちにその力はあるでしょうか。

 ところが、このような兄弟姉妹はどこにいるでしょうか。全然知らない人ではなく、また遠いところにいる人でもなく、その兄弟姉妹は私たちの周りの人々だ、それは隣人だと思います。隣人を自分のように愛しなさい。まず、隣人は私たちの家族の皆、そして同じ場所に住んでおられる近所の人々ではないでしょうか。彼らを愛してくださいと今日主イエスは強調したと思います。皆さんは、これは当たり前ではないかと思っておられるかもしれません。そうです。これは当たり前ですが、現代の社会をよく見てみますと、家庭の問題が沢山あります。少なくない人々は遠いところへ行って、貧しい人びとを助けてあげますが、一緒にいる周りの人々との関係があまりよくないような場合があると思います。また、LINEやFACEBOOKなど、全然会ったことがない人なのに、良く連絡を取ったり話したりしますが、家族の人にあまりコミュニケーションしていないという人もいます。

 隣人愛とは何ですかという問いは改めて見直す必要があるではないかと思います。

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