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教皇の意向:病者への司牧的ケア (7月)

年間第二金曜日(1/19)

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主イエスは十二人を任命された

マルコ3:16
集会祈願

🌸 第一朗読 (サムエル上24.3-21)

 3サウルはイスラエルの全軍からえりすぐった三千の兵を率い、ダビデとその兵を追って「山羊の岩」の付近に向かった。 4途中、羊の囲い場の辺りにさしかかると、そこに洞窟があったので、サウルは用を足すために入ったが、その奥にはダビデとその兵たちが座っていた。 5ダビデの兵は言った。「主があなたに、『わたしはあなたの敵をあなたの手に渡す。思いどおりにするがよい』と約束されたのは、この時のことです。」ダビデは立って行き、サウルの上着の端をひそかに切り取った。 6しかしダビデは、サウルの上着の端を切ったことを後悔し、 7兵に言った。「わたしの主君であり、主が油を注がれた方に、わたしが手をかけ、このようなことをするのを、主は決して許されない。彼は主が油を注がれた方なのだ。」
 8ダビデはこう言って兵を説得し、サウルを襲うことを許さなかった。サウルは洞窟を出て先に進んだ。 9ダビデも続いて洞窟を出ると、サウルの背後から声をかけた。「わが主君、王よ。」サウルが振り返ると、ダビデは顔を地に伏せ、礼をして、 10サウルに言った。「ダビデがあなたに危害を加えようとしている、などといううわさになぜ耳を貸されるのですか。 11今日、主が洞窟であなたをわたしの手に渡されたのを、あなた御自身の目で御覧になりました。そのとき、あなたを殺せと言う者もいましたが、あなたをかばって、『わたしの主人に手をかけることはしない。主が油を注がれた方だ』と言い聞かせました。 12わが父よ、よく御覧ください。あなたの上着の端がわたしの手にあります。わたしは上着の端を切り取りながらも、あなたを殺すことはしませんでした。御覧ください。わたしの手には悪事も反逆もありません。あなたに対して罪を犯しませんでした。それにもかかわらず、あなたはわたしの命を奪おうと追い回されるのです。 13主があなたとわたしの間を裁き、わたしのために主があなたに報復されますように。わたしは手を下しはしません。 14古いことわざに、『悪は悪人から出る』と言います。わたしは手を下しません。 15イスラエルの王は、誰を追って出て来られたのでしょう。あなたは誰を追跡されるのですか。死んだ犬、一匹の蚤ではありませんか。 16主が裁き手となって、わたしとあなたの間を裁き、わたしの訴えを弁護し、あなたの手からわたしを救ってくださいますように。」
 17ダビデがサウルに対するこれらの言葉を言い終えると、サウルは言った。「わが子ダビデよ、これはお前の声か。」サウルは声をあげて泣き、 18ダビデに言った。「お前はわたしより正しい。お前はわたしに善意をもって対し、わたしはお前に悪意をもって対した。 19お前はわたしに善意を尽くしていたことを今日示してくれた。主がわたしをお前の手に引き渡されたのに、お前はわたしを殺さなかった。 20自分の敵に出会い、その敵を無事に去らせる者があろうか。今日のお前のふるまいに対して、主がお前に恵みをもって報いてくださるだろう。 21今わたしは悟った。お前は必ず王となり、イスラエル王国はお前の手によって確立される。

🌸 答唱詩編 詩編57  典24 ①②

アレルヤ唱 典273 24C

🌸 福音朗読 (マルコ3.13-19)

マルコによる福音

 13〔そのとき、〕イエスが山に登って、これと思う人々を呼び寄せられると、彼らはそばに集まって来た。 14そこで、十二人を任命し、使徒と名付けられた。彼らを自分のそばに置くため、また、派遣して宣教させ、 15悪霊を追い出す権能を持たせるためであった。 16こうして十二人を任命された。シモンにはペトロという名を付けられた。 17ゼベダイの子ヤコブとヤコブの兄弟ヨハネ、この二人にはボアネルゲス、すなわち、「雷の子ら」という名を付けられた。 18アンデレ、フィリポ、バルトロマイ、マタイ、トマス、アルファイの子ヤコブ、タダイ、熱心党のシモン、 19それに、イスカリオテのユダ。このユダがイエスを裏切ったのである。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 イエスは、自分に従って来る多くの人々の中から、12人を選び出して、「使徒」と名付けられた。12人は、特別な学校で学び、資格を取り、試験に合格したものたちではない。イエスの不思議な招きに応え、イエスと起居を共にし、イエスから直々に教えを受けたものたちである。当時の社会のエリートではなく、聖書や律法に詳しい専門家でもない。むしろ、ごく平凡なガリラヤの漁師であり、熱心党と呼ばれるグループに組していたもの、ユダヤ人から売国奴と憎まれ軽蔑された徴税人、そして、能力がありながら、イエスの生き方についてゆくことができず、イエスを裏切ることになる男などである。
 イエスは、彼らを宣教に送り出し、病気や悪霊から人々を解放する力を与えられた。しかし、彼らは、決して優等生ではなかった。最後には、皆、師を捨てて逃げだした、まさに、弱さに満ちた者たちである。しかし、イエスの復活後、その霊を注がれ、見違えるほどの人物となり、教会の礎となった。
 神は、人を一人でお救いにならない。人を通して、しかも、複数の仲間とともに救われる。使徒たちは、人々を神の御許に集め、共同体を作り、共同体の中で互いに受け入れあい、助け合い、奉仕する、教会を建てるために招かれた人々である。彼らを通して、多様性に満ちた人類家族を、一つの大きな家族として集めるために遣わされるのである。
 こうした使徒たちによって築かれた教会の一員であることに感謝し、一人でも多くの兄弟を主のもとに導くことができるよう祈ろう。(S.T.)

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

1 comments

  1. 分かち合いで元気に!
    ゲテモノ食いのイエス様!
    ついて行きます!
    (都合良過ぎかな)

    返信

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