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イエスは彼らの考えを見抜いて。

ルカ6:8
集会祈願

???? 第一朗読 (一コリント5:1-8)

 1〔みなさん、〕現に聞くところによると、あなたがたの間にみだらな行いがあり、しかもそれは、異邦人の間にもないほどのみだらな行いで、ある人が父の妻をわがものとしているとのことです。 2それにもかかわらず、あなたがたは高ぶっているのか。むしろ悲しんで、こんなことをする者を自分たちの間から除外すべきではなかったのですか。 3わたしは体では離れていても霊ではそこにいて、現に居合わせた者のように、そんなことをした者を既に裁いてしまっています。 4つまり、わたしたちの主イエスの名により、わたしたちの主イエスの力をもって、あなたがたとわたしの霊が集まり、 5このような者を、その肉が滅ぼされるようにサタンに引き渡したのです。それは主の日に彼の霊が救われるためです。 6あなたがたが誇っているのは、よくない。わずかなパン種が練り粉全体を膨らませることを、知らないのですか。 7いつも新しい練り粉のままでいられるように、古いパン種をきれいに取り除きなさい。現に、あなたがたはパン種の入っていない者なのです。キリストが、わたしたちの過越の小羊として屠られたからです。 8だから、古いパン種や悪意と邪悪のパン種を用いないで、パン種の入っていない、純粋で真実のパンで過越祭を祝おうではありませんか。

???? 答唱詩編 詩編119 典75②③

アレルヤ唱 典272 ㉖

???? 福音朗読 (ルカ6:6-11)

ルカによる福音

 6〔ある〕安息日に、イエスは会堂に入って教えておられた。そこに一人の人がいて、その右手が萎えていた。 7律法学者たちやファリサイ派の人々は、訴える口実を見つけようとして、イエスが安息日に病気をいやされるかどうか、注目していた。 8イエスは彼らの考えを見抜いて、手の萎えた人に、「立って、真ん中に出なさい」と言われた。その人は身を起こして立った。 9そこで、イエスは言われた。「あなたたちに尋ねたい。安息日に律法で許されているのは、善を行うことか、悪を行うことか。命を救うことか、滅ぼすことか。」 10そして、彼ら一同を見回して、その人に、「手を伸ばしなさい」と言われた。言われたようにすると、手は元どおりになった。 11ところが、彼らは怒り狂って、イエスを何とかしようと話し合った。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 ルールを守ることは大事です。でもイエスにとっては、人を大切にすることが、ルール以上の大切な使命でした。ファリサイ派や律法学者の人々は、イエスに興味がありました。安息日のシナゴーグの中で、彼らの関心は、「イエスが律法を守るか破るか」にありました。でもイエスの関心は、右手が麻痺して動かなくなっていたこの病人にありました。ルールにこだわる人は、人が見えなくなります。さらに、お金や組織や習慣やイデオロギーにこだわる人もまた、人を見失います。私たちの目は、人を見るために、人を助けるためにあります。

 イエスは安息日の掟を破ったのでしょうか。何のために人々は毎週土曜日に仕事を休んで、家族や隣人と静かな時間を過ごしていたのでしょうか。安息日に聖書のみ言葉を聞いた人々は、そこに書かれている神のいつくしみや励ましを、どのように受け止めていたのでしょうか。神は、圧迫に苦しむイスラエルの民に、助けと救いを約束しました。そして隣人を自分のように愛しなさいと命じられました。それなのに、律法の専門家たちは、手の萎えた人を見て何も感じなかったのでしょうか。安息日は、神のいつくしみを思い起こし、隣人である苦しむ人に目を向けて、無視してはならないことに気づくための日です。イエスはただ「手を伸ばしなさい」と言っただけです。

 「あなたの手を伸ばしなさい」――私たちは、ルールに向かって助けを求めて手を伸ばすのであってはいけません。お金や評判や情報や影響力に魂を売って、手を伸ばすのであってもいけないのだと思います。祈るとき、心を神に向け、手を伸ばします。そして祈りの中で、私たちはイエスと他の人々に向けて手を伸ばすのです。イエスの祈りのように、私たちの祈りにも、兄弟姉妹の病や傷を治す力があるのです。だから、安息日に祈ることを休んではいけないのです。これはユダヤ教にとってもキリスト教にとっても、永遠に掟です。

村山兵衛助祭より

年間二十三月曜日(9月7)
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