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わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。

マタイ11:29
集会祈願

???? 第一朗読 (イザヤ26:7-9、12、16-19)

イザヤの預言

神に従う者の行く道は平らです。
あなたは神に従う者の道をまっすぐにされる。
8主よ、あなたの裁きによって定められた道を歩み
わたしたちはあなたを待ち望みます。
あなたの御名を呼び、たたえることは
わたしたちの魂の願いです。
9わたしの魂は夜あなたを捜し
わたしの中で霊はあなたを捜し求めます。
あなたの裁きが地に行われるとき
世界に住む人々は正しさを学ぶでしょう。

12主よ、平和をわたしたちにお授けください。
わたしたちのすべての業を
成し遂げてくださるのはあなたです。

16主よ、苦難に襲われると
人々はあなたを求めます。
あなたの懲らしめが彼らに臨むと
彼らはまじないを唱えます。
17妊婦に出産のときが近づくと
もだえ苦しみ、叫びます。
主よ、わたしたちもあなたの御前で
このようでした。
18わたしたちははらみ、産みの苦しみをしました。
しかしそれは風を産むようなものでした。
救いを国にもたらすこともできず
地上に住む者を
産み出すこともできませんでした。
19あなたの死者が命を得
わたしのしかばねが立ち上がりますように。
塵の中に住まう者よ、目を覚ませ、喜び歌え。
あなたの送られる露は光の露。
あなたは死霊の地にそれを降らせられます。

???? 答唱詩編 詩編85 典81①②

アレルヤ唱 典

???? 福音朗読 (マタイ11:28-30)

マタイによる福音

〔その時、イエスは言われた。〕「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。 29わたしは柔和で謙遜な者だから、わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。そうすれば、あなたがたは安らぎを得られる。 30わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである。」

奉納祈願

拝領祈願

???? 分かち合い

 「疲れた者、重荷を負う者は、だれでもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう。」これだけ聞くと、ゴールに着いて、「お疲れ様」、と言われたように聞こえる。果たして、そうだろうか。むしろ、いつ終わるとも知れない長い旅路の途中で、一休みするように、との勧めではないか。また、立ち上がって歩き続ける力をいただくために。
 イエスの話を聞く当時の人々にとって、人生の重荷とは何か。それは、日々担う、生きるための苦労に加えて、彼ら特有の重荷―守るべき律法の重荷があった。そのような人々に対して、イエスは言われる、「わたしの軛を負い、わたしに学びなさい。わたしの軛は負いやすく、わたしの荷は軽いからである」と。イエスは、重荷は一切なくなるとは言わない。むしろ、わたしの軛を負いなさい、と言う。ただでさえ重い荷がもっと重くなるのだろうか。そうではない。イエスが負うように言われる軛は、愛するという、ただ一つの軛。自分を無意識のうちに縛っている様々な「務め」という軛を下ろし、自分から出て人々の世界に身を置き、自分を忘れ、人々が負う荷を共に担うこと。しかも、イエスとともに負う軛。イエスが愛された人の荷をイエスとともに担うこと。それが自分を解放し、休ませてくれる、真の憩いとなり、歩み続ける力となるのでは。

年間第十五木曜日(偶数年)
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