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わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。

マタイ10:42
集会祈願

???? 第一朗読 (イザヤ1:10-17)

イザヤの預言

ソドムの支配者らよ、主の言葉を聞け。
ゴモラの民よ
わたしたちの神の教えに耳を傾けよ。
11お前たちのささげる多くのいけにえが
わたしにとって何になろうか、と主は言われる。
雄羊や肥えた獣の脂肪の献げ物に
わたしは飽いた。
雄牛、小羊、雄山羊の血をわたしは喜ばない。
12こうしてわたしの顔を仰ぎ見に来るが
誰がお前たちにこれらのものを求めたか
わたしの庭を踏み荒らす者よ。
13むなしい献げ物を再び持って来るな。
香の煙はわたしの忌み嫌うもの。
新月祭、安息日、祝祭など
災いを伴う集いにわたしは耐ええない。
14お前たちの新月祭や、定められた日の祭りを
わたしは憎んでやまない。
それはわたしにとって、重荷でしかない。
それを担うのに疲れ果てた。
15お前たちが手を広げて祈っても、わたしは目を覆う。
どれほど祈りを繰り返しても、決して聞かない。
お前たちの血にまみれた手を
16洗って、清くせよ。
悪い行いをわたしの目の前から取り除け。
悪を行うことをやめ
17善を行うことを学び
裁きをどこまでも実行して
搾取する者を懲らし、孤児の権利を守り
やもめの訴えを弁護せよ。

???? 答唱詩編 詩編50 典171①②

アレルヤ唱 典271⑧ マタイ5:10

???? 福音朗読 (マタイ10:34~11:1)

マタイによる福音

 〔その時、イエスは使徒たちに言われた。〕「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。 35わたしは敵対させるために来たからである。
 人をその父に、
 娘を母に、
 嫁をしゅうとめに。
 36こうして、自分の家族の者が敵となる。
37わたしよりも父や母を愛する者は、わたしにふさわしくない。わたしよりも息子や娘を愛する者も、わたしにふさわしくない。 38また、自分の十字架を担ってわたしに従わない者は、わたしにふさわしくない。 39自分の命を得ようとする者は、それを失い、わたしのために命を失う者は、かえってそれを得るのである。」
 40「あなたがたを受け入れる人は、わたしを受け入れ、わたしを受け入れる人は、わたしを遣わされた方を受け入れるのである。 41預言者を預言者として受け入れる人は、預言者と同じ報いを受け、正しい者を正しい者として受け入れる人は、正しい者と同じ報いを受ける。 42はっきり言っておく。わたしの弟子だという理由で、この小さな者の一人に、冷たい水一杯でも飲ませてくれる人は、必ずその報いを受ける。」
 1イエスは十二人の弟子に指図を与え終わると、そこを去り、方々の町で教え、宣教された。

奉納祈願

拝領祈願

???? 分かち合い

 12人の弟子(使徒)に諭された教えの結びの部分。はじめから、人を困惑させる言葉がある、「わたしが来たのは地上に平和をもたらすためだ、と思ってはならない。平和ではなく、剣をもたらすために来たのだ。」ルカは、言葉を和らげて「分裂」と言い換えている。いずれにしても、イエスは、まさにイザヤが「平和の君」と呼び、ご自身、「わたしは、平和をあなたがたに残し、わたしは平和を与える」(ヨハネ14.27)と言われた方で、その二つをどう両立させたらよいのか。

 昔、ローマ帝国が栄えた時代のことを、Pax Romana(ローマの平和)と言った。戦乱が終わり、平和な時代が訪れた、と理解される。今でも、Pax Americana と言われる。いずれも、力による平和、軍事力によって、敵対する勢力を鎮圧・征服して実現する平和。

 しかし、イエスが目指す平和は、それとはまったく違う、神がもたらす平和。そのために、人は何物にも勝って神を大事にする、神に従う姿勢が求められる。それは、力でなく、強制でなく、自由な心によって、はじめて与えられるもの。神は人を造られたとき自由を与え、人は自由に選び、決定し、実行する、そのような行為を通して、はじめて自由な存在、真の人となる。その過程で、人の間で違いが生まれ、分裂・敵対が生じる。

 見せかけの平和、自らの安全のために、力に身を任せる誘惑から解放され、神が与える真の平和を実現する人にさせていただくよう祈ろう。

年間第十五月曜日(偶数年)
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