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わたしの神よ、わたしはあなたを慕う

詩編63:2
集会祈願

私たちの父である神よ、マグダラの聖マリアは、復活の喜びを伝える最初の人となる恵みを受けました。聖女の祈りと模範に支えられて、私たちも復活されたキリストを宣べ伝え、その栄光を仰ぎ見ることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (雅歌3:1-4a)

〔おとめは歌う。〕
1夜ごと、ふしどに恋い慕う人を求めても
求めても、見つかりません。
2起き出して町をめぐり
通りや広場をめぐって
恋い慕う人を求めよう。
求めても、あの人は見つかりません。
3わたしが町をめぐる夜警に見つかりました。
「わたしの恋い慕う人を見かけましたか。」
4彼らに別れるとすぐに
恋い慕う人が見つかりました。

(または 2コリント5:14-17)

使徒パウロのコリントの教会への手紙

 〔皆さん、〕キリストの愛がわたしたちを駆り立てているからです。わたしたちはこう考えます。すなわち、一人の方がすべての人のために死んでくださった以上、すべての人も死んだことになります。 15その一人の方はすべての人のために死んでくださった。その目的は、生きている人たちが、もはや自分自身のために生きるのではなく、自分たちのために死んで復活してくださった方のために生きることなのです。
 16それで、わたしたちは、今後だれをも肉に従って知ろうとはしません。肉に従ってキリストを知っていたとしても、今はもうそのように知ろうとはしません。 17だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた。

🌸 答唱詩編 詩編63 典167①④

:わが心、喜びに満ち溢れ、主を待ち望む。

神よ、わたしの神よ、わたしはあなたを慕う。
水のない荒れ果てた土地のように、
わたしの心はあなたをしたい、
からだはあなたをかわき求める。 【答】

床の中であなたを思い起こし、
夜通し、あなたのことを思う。
あなたはわたしの助け。
あなたの翼のかげにわたしはかくれる。 【答】

アレルヤ唱 典265⑪

アレルヤ、アレルヤ。主キリストは復活された。勝利の王、キリストよ、あふれる慈しみをわたしたちに。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (ヨハネ20:1-2、11-18)

ヨハネによる福音

 週の初めの日、朝早く、まだ暗いうちに、マグダラのマリアは墓に行った。そして、墓から石が取りのけてあるのを見た。 2そこで、シモン・ペトロのところへ、また、イエスが愛しておられたもう一人の弟子のところへ走って行って彼らに告げた。「主が墓から取り去られました。どこに置かれているのか、わたしたちには分かりません。」

 11マリアは墓の外に立って泣いていた。泣きながら身をかがめて墓の中を見ると、 12イエスの遺体の置いてあった所に、白い衣を着た二人の天使が見えた。一人は頭の方に、もう一人は足の方に座っていた。 13天使たちが、「婦人よ、なぜ泣いているのか」と言うと、マリアは言った。「わたしの主が取り去られました。どこに置かれているのか、わたしには分かりません。」 14こう言いながら後ろを振り向くと、イエスの立っておられるのが見えた。しかし、それがイエスだとは分からなかった。 15イエスは言われた。「婦人よ、なぜ泣いているのか。だれを捜しているのか。」マリアは、園丁だと思って言った。「あなたがあの方を運び去ったのでしたら、どこに置いたのか教えてください。わたしが、あの方を引き取ります。」 16イエスが、「マリア」と言われると、彼女は振り向いて、ヘブライ語で、「ラボニ」と言った。「先生」という意味である。 17イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」 18マグダラのマリアは弟子たちのところへ行って、「わたしは主を見ました」と告げ、また、主から言われたことを伝えた。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 マグダラのマリアについて、様々な解釈がなされるが、実際にどのような人物だったのか、断定するのは難しい。確かなことは、イエスと親しく過ごし、十字架のもとにまで従った弟子であること、さらに、四福音書がそろって証言しているように、復活のイエスに最初に出会い、弟子たちに伝えた女性であるということ。
 今日の福音は、ヨハネだけが記すイエスとマリアの出会いの場面。目立つことは、マリアが墓にあるはずのイエスの遺体について、だれかに「取り去られた」、あるいは、「運び出された」と繰り返す点。イエスが復活されたこと等、予想もしないし、信じることもできない。あくまで、古い世界に留まったままでいること。
 そのマリアにイエスが声をかける、「マリア」。それは、ただ、名前が呼ばれただけでなく、全く、予想もしない次元の世界に自分が呼び出されたことを意味する。イエスは言う、「わたしにすがりつくのはよしなさい。わたしは、わたしの父、あなたがたの父、わたしの神、あなたがたの神のところへ上る」と。「すがりつく」、それは、マリアだけでなく、使徒たちも、トマスにも言えること。古い世界に縛りつけられ、そこから、一歩も先へ進めない。わたしたちも皆、そうした弱さをもっている。復活は、それほど、わたしたちの想像・常識を超える、未曽有の出来事。それを受け止めるには、主からの呼びかけを聞く必要がある。マリアはそれを受け止め、復活を信じた。はたして、わたしたちは、そうした呼びかけに応える心の開きをもっているだろうか。(S.T.)

聖マリア・マグダラ祝日(7/22)
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