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教皇の意向:病者への司牧的ケア (7月)

死者の日 水曜日(11/2)

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イエスがその人を終わりの日に復活させる

ヨハネ6:40
集会祈願

🌸 第一朗読 (知恵3.1-6、9)

1神に従う人の魂は神の手で守られ、
もはやいかなる責め苦も受けることはない。
2愚か者たちの目には彼らは死んだ者と映り、
この世からの旅立ちは災い、
3自分たちからの離別は破滅に見えた。
ところが彼らは平和のうちにいる。
4人間の目には懲らしめを受けたように見えても、
不滅への大いなる希望が彼らにはある。
5わずかな試練を受けた後、豊かな恵みを得る。
神が彼らを試し、
御自分にふさわしい者と判断されたからである。
6るつぼの中の金のように神は彼らをえり分け、
焼き尽くすいけにえの献げ物として
受け入れられた。
9主に依り頼む人は真理を悟り、
信じる人は主の愛のうちに主と共に生きる。
主に清められた人々には恵みと憐れみがあり、
主に選ばれた人は主の訪れを受けるからである。

または ローマ8.31b-35、37-39

 31〔皆さん、〕もし神がわたしたちの味方であるならば、だれがわたしたちに敵対できますか。 32わたしたちすべてのために、その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、御子と一緒にすべてのものをわたしたちに賜らないはずがありましょうか。 33だれが神に選ばれた者たちを訴えるでしょう。人を義としてくださるのは神なのです。 34だれがわたしたちを罪に定めることができましょう。死んだ方、否、むしろ、復活させられた方であるキリスト・イエスが、神の右に座っていて、わたしたちのために執り成してくださるのです。 35だれが、キリストの愛からわたしたちを引き離すことができましょう。艱難か。苦しみか。迫害か。飢えか。裸か。危険か。剣か。
  37しかし、これらすべてのことにおいて、わたしたちは、わたしたちを愛してくださる方によって輝かしい勝利を収めています。 38わたしは確信しています。死も、命も、天使も、支配するものも、現在のものも、未来のものも、力あるものも、 39高い所にいるものも、低い所にいるものも、他のどんな被造物も、わたしたちの主キリスト・イエスによって示された神の愛から、わたしたちを引き離すことはできないのです。

🌸 答唱詩編 詩編23 典123 ①②④

アレルヤ唱 典275 ⑤

🌸 福音朗読 (ヨハネ6.37-40)

ヨハネによる福音

 37〔そのとき、イエスは人々に言われた。〕父がわたしにお与えになる人は皆、わたしのところに来る。わたしのもとに来る人を、わたしは決して追い出さない。 38わたしが天から降って来たのは、自分の意志を行うためではなく、わたしをお遣わしになった方の御心を行うためである。 39わたしをお遣わしになった方の御心とは、わたしに与えてくださった人を一人も失わないで、終わりの日に復活させることである。 40わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠の命を得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 今日、わたしたちは亡くなられたかたがたを記念するようこのごミサを捧げます。喜びと涙がイエス・キリストのうちにーつとなり、わたしたちの信仰と希望の礎となっているように、この二連続は、互いに密接に結びついています。わたしたちは罪と死の支配から解放してくださった御父への感謝のことばを、主イエスのように、主イエスを通して唱えるのです。

 今月、多くの人が墓地を訪れています。ラテン語系の墓地ということばには、最後の目覚めを待ちながらの「眠る場所」という意味もあります。主イエスご自身がわたしたちを起こしてくださるとは、何とすばらしいことでしょう。肉体の死は、主イエスが目覚めさせてくださるまでの眠りであることを、主イエスご自身が明らかになさいました。このことを信じつつ、わたしたちは愛する人、愛してくれた人、お世話になった人の墓を訪れ、また訪れずとも心の中で手を合わせます。

 ですが今日は、だれからも記憶されていない人を含むすべての人を思い起こすよう招かれています。わたしたちは、戦争や暴力の犠牲者、飢餓と貧困、また災害に押しつぶされた大勢の、「小さな人々」、共同墓地に眠る無名の人々のことを思い起こします。また、キリスト者であるために殺された兄弟姉妹、他者のためにいのちをささげた人々のことを思い起こします。そしてとくに、この一年の間に亡くなられたかたがたを主にゆだねます。

 教会の伝統は、死者のために祈るよう、とりわけ彼らのためにミサをささげて祈るよう、つねに促してきました。それは、亡くなったかたの魂のため、なかでも祈ってくれる人のいない死者のために、わたしたちが霊的にできる最高のことです。死者の安息を願う()り成しの祈りは、キリストの神秘体の交わりに基づいています。この祈りは、死は人間の運命の最後ではないという確信に基づく確かな希望のあかしです。この希望をもって、私たちは生きているわけです。

 わたしたちは、このような人間の終末の運命を信じつつ、十字架のもとでキリストの死を悲しみ、キリストの復活の喜びにあずかったマリアに心を向けます。死者のために祈ることの大切さをわたしたちがより深く理解するのを、天の門であるマリアが助けてくださいますように。亡くなったかたがたはわたしたちのそばにいます。マリアがわたしたちの日々の歩みを助け、天国という人生の最終目標を見失わないよう支えてくださいますように。

 今日読まれた福音書が語ったように、わたしの父の御心は、子を見て信じる者が皆永遠のいのちを得ることであり、わたしがその人を終わりの日に復活させることだからである。(小さな群れよ、恐るな。あなたがたの父は喜んで神の国をくださいます。)こうした希望をもつて、くじけずに歩み続けましょう。

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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