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集会祈願

慈しみ深い父よ、あなたは、信じる人々を洗礼によって神の子どもとしてくださいます。キリストの復活のいのちにあずかるわたしたちを、神の国の完成に導いてください。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 第一朗読 (使徒16:1-10)

使徒たちの宣教

〔そのころ、〕16:1 パウロは、デルベにもリストラにも行った。そこに、信者のユダヤ婦人の子で、ギリシア人を父親に持つ、テモテという弟子がいた。16:2 彼は、リストラとイコニオンの兄弟の間で評判の良い人であった。16:3 パウロは、このテモテを一緒に連れて行きたかったので、その地方に住むユダヤ人の手前、彼に割礼を授けた。父親がギリシア人であることを、皆が知っていたからである。16:4 彼らは方々の町を巡回して、エルサレムの使徒と長老たちが決めた規定を守るようにと、人々に伝えた。16:5 こうして、教会は信仰を強められ、日ごとに人数が増えていった。16:6 さて、彼らはアジア州で御言葉を語ることを聖霊から禁じられたので、フリギア・ガラテヤ地方を通って行った。16:7 ミシア地方の近くまで行き、ビティニア州に入ろうとしたが、イエスの霊がそれを許さなかった。16:8 それで、ミシア地方を通ってトロアスに下った。16:9 その夜、パウロは幻を見た。その中で一人のマケドニア人が立って、「マケドニア州に渡って来て、わたしたちを助けてください」と言ってパウロに願った。16:10 パウロがこの幻を見たとき、わたしたちはすぐにマケドニアへ向けて出発することにした。マケドニア人に福音を告げ知らせるために、神がわたしたちを召されているのだと、確信するに至ったからである。

🌸 答唱詩編 詩編100 典①②

答:わたしたちは神の民、その牧場の群れ。

世界よ、神に喜びの声を上げ、
歓呼の歌を捧げつつ、
み前に進み、
神に仕えよ。 【答】

神こそ
主であると悟れ。
神はわたしたちを造られた。 【答】

アレルヤ唱 典265⑥

アレルヤ、アレルヤ。キリストとともに復活したなら、上のことを求めよう。キリストは神の右に座しておられる。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (ヨハネ15:18-21)

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕15:18 「世があなたがたを憎むなら、あなたがたを憎む前にわたしを憎んでいたことを覚えなさい。15:19 あなたがたが世に属していたなら、世はあなたがたを身内として愛したはずである。だが、あなたがたは世に属していない。わたしがあなたがたを世から選び出した。だから、世はあなたがたを憎むのである。15:20 『僕は主人にまさりはしない』と、わたしが言った言葉を思い出しなさい。人々がわたしを迫害したのであれば、あなたがたをも迫害するだろう。わたしの言葉を守ったのであれば、あなたがたの言葉をも守るだろう。15:21 しかし人々は、わたしの名のゆえに、これらのことをみな、あなたがたにするようになる。わたしをお遣わしになった方を知らないからである。

奉納祈願

神よ、この家族の供え物を受け入れてください。あなたの力に支えられて、洗礼の恵みのうちに生き、約束された国に入ることができますように。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

聖なる父よ、救いの恵みを受けた人々を、慈しみをもってお守りください。御子イエスの死によってあがなわれた者が、その復活の喜びに生きることができますように。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

🌸 分かち合い

イエスは別れの説教の中で、優しい慰めの言葉だけでなく、厳しい言葉を投げかける。イエスが去って行かれた後、弟子たちを襲う苦しみについて、「世はあなたがたを憎む」とか「世はあなたがたを迫害する」と言われる。「世」と言う言葉、これは、ヨハネ福音書の冒頭に始まって、繰り返し出て来る言葉。本来、美しい、秩序・調和のある世界、ギリシャ語では「コスモス」という。神が造られた本来、よいもの、素晴らしいもの、神自身、「良かった」と言われた世界。しかし、罪が入ったために、「世」は人間にとって、神に逆らう力が渦巻く世界になった。

それでも、神は「世」を愛されて、「世」に独り子を送ってくださった。世は神の子が人として生きる世界になった。

しかし、世の力は、神の子を憎み、迫害し、死に追いやった。イエスに従うものにも、同じような道が用意されている。ただ、イエスは、「あなたがたは世に属していない」と言う。どんなに「世」の力が強くても、世に支配されると決まったわけではない。イエスは、弟子たちを「世から選び出した」からである。「世に打ち勝つ勝利、それはわたしたちの信仰」とヨハネの手紙は記す。

 わたしたちも弟子たちと同じように、「世」に生きて行かねばならない。決して理想的でない、様々な誘惑、罪、悪が渦巻く世界。コロナウィルスのように、神に逆らう力が決して消滅することはない世界。そこで、どう生きるかが日々問われているのではないか。

細江カトリック教会
作道神父

復活節第五土曜日
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