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主の御前に出て

水のようにあなたの心を注ぎ出せ。

両手を上げて命乞いをせよ

あなたの幼子らのために。

彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく。

哀歌2:19
集会祈願

🌸 第一朗読 (哀歌2:2、10-14、18-19)

2ヤコブの人里をすべて、主は容赦せず圧倒し
憤って、おとめユダの砦をことごとく破壊し
この国を治める者、君侯らを
地に打ち倒して辱められた。
10おとめシオンの長老は皆、地に座して黙し
頭に灰をかぶり、粗布を身にまとう。
エルサレムのおとめらは、頭を地につけている。
11わたしの目は涙にかすみ、胸は裂ける。
わたしの民の娘が打ち砕かれたので
わたしのはらわたは溶けて地に流れる。
幼子も乳飲み子も町の広場で衰えてゆく。
12幼子は母に言う
パンはどこ、ぶどう酒はどこ、と。
都の広場で傷つき、衰えて
母のふところに抱かれ、息絶えてゆく。
13おとめエルサレムよ
あなたを何にたとえ、何の証しとしよう。
おとめシオンよ
あなたを何になぞらえて慰めよう。
海のように深い痛手を負ったあなたを
誰が癒せよう。
14預言者はあなたに託宣を与えたが
むなしい、偽りの言葉ばかりであった。
あなたを立ち直らせるには
一度、罪をあばくべきなのに
むなしく、迷わすことを
あなたに向かって告げるばかりであった。
18おとめシオンの城壁よ
主に向かって心から叫べ。
昼も夜も、川のように涙を流せ。
休むことなくその瞳から涙を流せ。
19立て、宵の初めに。
夜を徹して嘆きの声をあげるために。
主の御前に出て
水のようにあなたの心を注ぎ出せ。
両手を上げて命乞いをせよ
あなたの幼子らのために。
彼らはどの街角でも飢えに衰えてゆく。

🌸 答唱詩編 詩編80 典80②③

アレルヤ唱 典268⑨

🌸 福音朗読 (マタイ8:5-17)

マタイによる福音

 〔そのとき、〕イエスがカファルナウムに入られると、一人の百人隊長が近づいて来て懇願し、 6「主よ、わたしの僕が中風で家に寝込んで、ひどく苦しんでいます」と言った。 7そこでイエスは、「わたしが行って、いやしてあげよう」と言われた。 8すると、百人隊長は答えた。「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるような者ではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、わたしの僕はいやされます。 9わたしも権威の下にある者ですが、わたしの下には兵隊がおり、一人に『行け』と言えば行きますし、他の一人に『来い』と言えば来ます。また、部下に『これをしろ』と言えば、そのとおりにします。」 10イエスはこれを聞いて感心し、従っていた人々に言われた。「はっきり言っておく。イスラエルの中でさえ、わたしはこれほどの信仰を見たことがない。 11言っておくが、いつか、東や西から大勢の人が来て、天の国でアブラハム、イサク、ヤコブと共に宴会の席に着く。 12だが、御国の子らは、外の暗闇に追い出される。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。」 13そして、百人隊長に言われた。「帰りなさい。あなたが信じたとおりになるように。」ちょうどそのとき、僕の病気はいやされた。
 14イエスはペトロの家に行き、そのしゅうとめが熱を出して寝込んでいるのを御覧になった。 15イエスがその手に触れられると、熱は去り、しゅうとめは起き上がってイエスをもてなした。 16夕方になると、人々は悪霊に取りつかれた者を大勢連れて来た。イエスは言葉で悪霊を追い出し、病人を皆いやされた。 17それは、預言者イザヤを通して言われていたことが実現するためであった。
 「彼はわたしたちの患いを負い、
 わたしたちの病を担った。」

奉納祈願

拝領祈願

🌸 分かち合い

 イエスは山を下りて、人々が生きる世界に来られる。病める人、苦しむ人を身内に抱える人、人々から疎外される人、そうした人々が溢れる人間の現実の只中へ。
 一人の百人隊長がイエスに近づく。ユダヤ人からすれば付き合うことさえはばかる異邦人。少なくとも、ユダヤ人に親近感をもっていたのだろうか、自分が頼りにしている「僕」が床に伏して苦しんでいる。それを知ったイエスは、出かけて行って癒すつもりだったのだろうか。それに対して、彼は言う、「主よ、わたしはあなたを自分の屋根の下にお迎えできるようなものではありません。ただ、ひと言おっしゃってください。そうすれば、僕はいやされます。」異邦人であることからの遠慮か、それ以上の心の痛みを抱えていたのだろうか。それに勝る信仰の表れ。昔、ミサの聖体拝領の前に、信徒はこの言葉をアレンジした祈りを唱えていた。
 癒しの恵みは神からくる。しかし、恵みは人間の協力を無にしない。それどころか、協力によって、何倍にもなることを聖書は教える。イエスは、百人隊長の信仰を称揚して言われる、ご自分の民、「イスラエルの中でさえ、これほどの信仰を見たことがない」と。僕は、イエスの来駕を待つことなく、その言葉(意志)によって、癒された。
 イエスの癒しの力とともに、この異邦人の信仰の深さに人々のこころは大きく揺さぶられたのではないか。

年間第十二土曜日(偶数年)
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