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教皇の意向:祖国から逃れる人々 (6月)

年間第三主日(神のことばの主日)(1/23)

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主の霊がわたしの上におられる

ルカ4:18
集会祈願

🌸 第一朗読 (ネヘミヤ8.2-4a、5-6、8-10)

 2祭司エズラは律法を会衆の前に持って来た。そこには、男も女も、聞いて理解することのできる年齢に達した者は皆いた。第七の月の一日のことであった。 3彼は水の門の前にある広場に居並ぶ男女、理解することのできる年齢に達した者に向かって、夜明けから正午までそれを読み上げた。民は皆、その律法の書に耳を傾けた。4書記官エズラは、このために用意された木の壇の上に立った。
  5エズラは人々より高い所にいたので、皆が見守る中でその書を開いた。彼が書を開くと民は皆、立ち上がった。 6エズラが大いなる神、主をたたえると民は皆、両手を挙げて、「アーメン、アーメン」と唱和し、ひざまずき、顔を地に伏せて、主を礼拝した。
  8彼らは神の律法の書を翻訳し、意味を明らかにしながら読み上げたので、人々はその朗読を理解した。 9総督ネヘミヤと、祭司であり書記官であるエズラは、律法の説明に当たったレビ人と共に、民全員に言った。「今日は、あなたたちの神、主にささげられた聖なる日だ。嘆いたり、泣いたりしてはならない。」民は皆、律法の言葉を聞いて泣いていた。 10彼らは更に言った。「行って良い肉を食べ、甘い飲み物を飲みなさい。その備えのない者には、それを分け与えてやりなさい。今日は、我らの主にささげられた聖なる日だ。悲しんではならない。主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である。」

🌸 答唱詩編 詩編19 典124 ①②③

答 主よ、あなたは永遠のいのちのことば  

神の教えは完全で、魂を生き返らせ、
そのさとしは変わらず、
心に知恵をもたらす。  【答】

神の定めは正しく、心の喜びであり、
そのみ旨は清く、目を開く。 【答】

神のことばは正しく、」世々に及び、
そのさばきは真実で、すべて正しい。 【答】

🌸 第二朗読 (一コリント12.12-30)

 

 12〔皆さん〕体は一つでも、多くの部分から成り、体のすべての部分の数は多くても、体は一つであるように、キリストの場合も同様である。 13つまり、一つの霊によって、わたしたちは、ユダヤ人であろうとギリシア人であろうと、奴隷であろうと自由な身分の者であろうと、皆一つの体となるために洗礼を受け、皆一つの霊をのませてもらったのです。 14体は、一つの部分ではなく、多くの部分から成っています。 15足が、「わたしは手ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 16耳が、「わたしは目ではないから、体の一部ではない」と言ったところで、体の一部でなくなるでしょうか。 17もし体全体が目だったら、どこで聞きますか。もし全体が耳だったら、どこでにおいをかぎますか。 18そこで神は、御自分の望みのままに、体に一つ一つの部分を置かれたのです。 19すべてが一つの部分になってしまったら、どこに体というものがあるでしょう。 20だから、多くの部分があっても、一つの体なのです。 21目が手に向かって「お前は要らない」とは言えず、また、頭が足に向かって「お前たちは要らない」とも言えません。 22それどころか、体の中でほかよりも弱く見える部分が、かえって必要なのです。 23わたしたちは、体の中でほかよりも恰好が悪いと思われる部分を覆って、もっと恰好よくしようとし、見苦しい部分をもっと見栄えよくしようとします。 24見栄えのよい部分には、そうする必要はありません。神は、見劣りのする部分をいっそう引き立たせて、体を組み立てられました。 25それで、体に分裂が起こらず、各部分が互いに配慮し合っています。 26一つの部分が苦しめば、すべての部分が共に苦しみ、一つの部分が尊ばれれば、すべての部分が共に喜ぶのです。
 27あなたがたはキリストの体であり、また、一人一人はその部分です。 28神は、教会の中にいろいろな人をお立てになりました。第一に使徒、第二に預言者、第三に教師、次に奇跡を行う者、その次に病気をいやす賜物を持つ者、援助する者、管理する者、異言を語る者などです。 29皆が使徒であろうか。皆が預言者であろうか。皆が教師であろうか。皆が奇跡を行う者であろうか。 30皆が病気をいやす賜物を持っているだろうか。皆が異言を語るだろうか。皆がそれを解釈するだろうか。

アレルヤ唱 典268 3C

アレルヤ、アレルヤ。貧しい人に福音を、捕らわれ人に開放を告げるため、神はわたしを遣わされた。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (ルカ1.1-4、4.14-21)

ルカによる福音
 1-2わたしたちの間で実現した事柄について、最初から目撃して御言葉のために働いた人々がわたしたちに伝えたとおりに、物語を書き連ねようと、多くの人々が既に手を着けています。 3そこで、敬愛するテオフィロさま、わたしもすべての事を初めから詳しく調べていますので、順序正しく書いてあなたに献呈するのがよいと思いました。 4お受けになった教えが確実なものであることを、よく分かっていただきたいのであります。
 14イエスは“霊”の力に満ちてガリラヤに帰られた。その評判が周りの地方一帯に広まった。 15イエスは諸会堂で教え、皆から尊敬を受けられた。
 16イエスはお育ちになったナザレに来て、いつものとおり安息日に会堂に入り、聖書を朗読しようとしてお立ちになった。 17預言者イザヤの巻物が渡され、お開きになると、次のように書いてある個所が目に留まった。
18「主の霊がわたしの上におられる。
貧しい人に福音を告げ知らせるために、
主がわたしに油を注がれたからである。
主がわたしを遣わされたのは、
捕らわれている人に解放を、
目の見えない人に視力の回復を告げ、
圧迫されている人を自由にし、
19主の恵みの年を告げるためである。」
20イエスは巻物を巻き、係の者に返して席に座られた。会堂にいるすべての人の目がイエスに注がれていた。 21そこでイエスは、「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と話し始められた。


奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 今日の福音で聖ルカは、ナザレで行われた主イエスの計画を述べて説教を記す前に、福音を告げ知らせる行為について簡潔にまとめて語ります。それは、聖霊の力をもって主イエスが行うわざのことです。主イエスの説教とその結果は来週の年間の第四日曜日に聞きます。今日は、イザヤ書が書いたとおり、その言葉が実現された主イエスのアイデンティティと主イエスの使命ということを考えてみましょう。

 「主の霊がわたしの上におられる。貧しい人に福音を告げ知らせるために、主がわたしに油を注がれたからである。主がわたしを遣わされたのは、捕らわれている人に解放を、目の見えない人に視力の回復を告げ、圧迫されている人を自由にし、主の恵みの年を告げるためである」と。

 旧約聖書が予言したとおりに、主イエスは油を注がれた方である、すなわちメシアであり、救い主であるのです。そして、主イエスの使命は「神の恵みの年を告げる」のです。すなわち、主イエスは御父の赦し、御父の慈しみを宣べ伝えるという使命です。その御父の慈しみによって、貧しい人が良き知らせを聞き、捕らわれている人が解放され、目の見えない人が目に見えるようになり、圧迫されている人が自由になるという神の恵みの年が来ます。

 さて、貧しい人に福音を告げ知らせるという言葉を注目していきたいと思います。貧しい人に福音を告げ知らせるのは主イエスの使命です。また、それは教会の使命でもあり、教会にいる我々の使命でもあります。キリスト者になることと宣教者になることは、同じことです。

 それでは、貧しい人とは一体どういう人しょうか。主イエスはもちろん福音を誰も除外することなく全人類に、また全人類を救うためにこの世に来ました。ただし、聖書を読んでみますと、神の国の訪れを告げる救い主の言葉は、遠くにいる人、病気で苦しんでいる人、社会から疎外されている人、圧迫されている人に優先的に向けられるということです。そういう意味で、貧しい人とは経済的に貧しい、ということだけでなく、先ほど述べたような人も含められています。更に、自分の力ではやっていけない、神様なくしてどうすることもできない、自分の力不足を認め、神に信頼する人、神に頼る人です。貧しい人はそういうような人だと思います。そうすれば福音は、必ずその人に力を注ぎ、その人の足りなさを補う(おぎなう)のです。つまり、貧しい人が、まさに、福音の中心にいるのです。

 それから、福音を告げ知らせる、あるいは福音をもたらすとはどういうことでしょうか。それは何よりもまず、彼らのそばに行くこと、喜んで彼らのために尽くし、圧迫されている人を解放することです。このすべては、キリストの名のもとに、キリストの霊とともに行われることです。キリストこそが神の福音、キリストこそが神の慈しみ、キリストこそが神による解放、キリストこそが私たちのために貧しくなられ、その貧しさで私たちを豊かにされた方だからです。福音を告げ知らせることを通して、主イエス・キリストは私たちに心を入り替えさせ、傷を癒し、愛の倫理に基づいて人間関係と社会関係を変えてくださいます。

 「この聖書の言葉は、今日、あなたがたが耳にしたとき、実現した」と主イエスは仰っています。神の恵みは今、訪れています。神の真の救いは今、実現しているのです。私たちの使命と主イエスの使命は同じです。まず、私たちは貧しい人びとですかという疑問を考えてみましょう。主イエスのようにへりくだって貧しくすることができるでしょうか。そうしてから福音、すなわち神の赦しと慈しみを宣べ伝えます。周りの人々の中には、貧しい人がいらっしゃいますか。特に家族の中には貧しい人がいらっしゃるでしょうか。という様々な疑問を、福音書を聞きながら、今週考えて、それを実習していきましょう。

 乙女マリア、福音宣教者の母よ、私たちが世界中に、中でも、貧しい人の身と心の中にある福音への飢えと渇きに敏感になれるよう助けてください。また、私たち一人ひとりと、すべてのキリスト教共同体が、キリストが与えてくださる大いなる慈しみをあかしできるよう、助けてください。アーメン。

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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