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教皇の意向:病者への司牧的ケア (7月)

主の奉献(2/2)

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わたしはこの目であなたの救いを見た

ルカ2:30
集会祈願

🌸 第一朗読 (マラキ3:1-4)

マラキの預言

〔万軍の主は言われる。〕
1見よ、わたしは使者を送る。
彼はわが前に道を備える。
あなたたちが待望している主は
突如、その聖所に来られる。
あなたたちが喜びとしている契約の使者
見よ、彼が来る、と万軍の主は言われる。
2だが、彼の来る日に誰が身を支えうるか。
彼の現れるとき、誰が耐えうるか。
彼は精錬する者の火、洗う者の灰汁のようだ。
3彼は精錬する者、銀を清める者として座し
レビの子らを清め
金や銀のように彼らの汚れを除く。
彼らが主に献げ物を
正しくささげる者となるためである。
4そのとき、ユダとエルサレムの献げ物は
遠い昔の日々に
過ぎ去った年月にそうであったように
主にとって好ましいものとなる。

 14ところで、子らは血と肉を備えているので、イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、 15死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした。 16確かに、イエスは天使たちを助けず、アブラハムの子孫を助けられるのです。 17それで、イエスは、神の御前において憐れみ深い、忠実な大祭司となって、民の罪を償うために、すべての点で兄弟たちと同じようにならねばならなかったのです。 18事実、御自身、試練を受けて苦しまれたからこそ、試練を受けている人たちを助けることがおできになるのです。

🌸 答唱詩編 詩編 典

アレルヤ唱 典

🌸 福音朗読 (ルカ2:22-40、または2:22-32)

ルカによる福音

 モーセの律法に定められた彼らの清めの期間が過ぎたとき、両親はその子を主に献げるため、エルサレムに連れて行った。 23それは主の律法に、「初めて生まれる男子は皆、主のために聖別される」と書いてあるからである。 24また、主の律法に言われているとおりに、山鳩一つがいか、家鳩の雛二羽をいけにえとして献げるためであった。
 25そのとき、エルサレムにシメオンという人がいた。この人は正しい人で信仰があつく、イスラエルの慰められるのを待ち望み、聖霊が彼にとどまっていた。 26そして、主が遣わすメシアに会うまでは決して死なない、とのお告げを聖霊から受けていた。 27シメオンが“霊”に導かれて神殿の境内に入って来たとき、両親は、幼子のために律法の規定どおりにいけにえを献げようとして、イエスを連れて来た。 28シメオンは幼子を腕に抱き、神をたたえて言った。
 29「主よ、今こそあなたは、お言葉どおり
 この僕を安らかに去らせてくださいます。
 30わたしはこの目であなたの救いを見たからです。
 31これは万民のために整えてくださった救いで、
 32異邦人を照らす啓示の光、
 あなたの民イスラエルの誉れです。」

《33父と母は、幼子についてこのように言われたことに驚いていた。 34シメオンは彼らを祝福し、母親のマリアに言った。「御覧なさい。この子は、イスラエルの多くの人を倒したり立ち上がらせたりするためにと定められ、また、反対を受けるしるしとして定められています。 35――あなた自身も剣で心を刺し貫かれます――多くの人の心にある思いがあらわにされるためです。」
36また、アシェル族のファヌエルの娘で、アンナという女預言者がいた。非常に年をとっていて、若いとき嫁いでから七年間夫と共に暮らしたが、 37夫に死に別れ、八十四歳になっていた。彼女は神殿を離れず、断食したり祈ったりして、夜も昼も神に仕えていたが、 38そのとき、近づいて来て神を賛美し、エルサレムの救いを待ち望んでいる人々皆に幼子のことを話した。
39親子は主の律法で定められたことをみな終えたので、自分たちの町であるガリラヤのナザレに帰った。 40幼子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた。》

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 はじめて生まれた子は、神からの恵みとして、神にささげる(お返しする)ことは、作物の初物と同様、多くの宗教に見られるものですが、イエスラエルの場合、それは、エジプトからの脱出の際、エジプト人の長子がことごとく撃たれるという災いの中で、イスラエルの初子がそれを免れたことと結びつけて説明されます。出エジプト記は記します、「初めに胎を開くものは、すべて主にささげなければならない」(出エジプト13.12)と。
 イエスの両親は、そうした掟に従って幼児イエスを神殿に捧げました。その折、老シメオンが、幼児の将来を預言する言葉を語ったことをルカは記している。彼は、その幼児を見たとき、まさに、今、自分たちが待ち望んでいたメシアがお出でになったことを、聖霊の導きで悟り、有名な賛歌を歌いました、「主よ、今こそあなたは、お言葉通りこの僕を安らかに去らせてくださいます。わたしはこの目であなたの救いを見たからです」と。
 主イエスは、そのとき、両親によって、神にささげられましたが、それは、後にイエスが、十字架上で、ご自分の意思で、自らをあますところなく、人類全体の救いのために、神にお捧げになることの先取りだったと言えないでしょうか。今日のミサの奉納祈願の中で、司祭は唱えます、「あなたは、ひとり子がすべての人の救いのため、汚れない小羊として捧げられるようお定めになりました」と。
 わたしたちも、それぞれの人生を主の奉献に合わせて、日々捧げることができるよう祈りましょう。(S.T.)

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御言葉の典礼を読み続く🌸

聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

1 comments

  1. シメオンやアンナのような生き方の人は今や絶滅危惧種だ。
    救い主を直截に見出す者は少ない。
    「あなた自身も剣で心を刺し貫かれます」
    シメオンの言葉通り母親マリアは最後まで貫き通した。アンナも自らを主に捧げることで主の奉献・真の救いに与った。
    聖母マリアを母として生きていきたい。

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