• 復活節第二土曜日(4/18)

    イエスが湖の上を歩いて舟に近づいた

    🌸 第一朗読 (使徒言行録6.1-7)

    使徒たちの宣教

     1そのころ、弟子の数が増えてきて、ギリシア語を話すユダヤ人から、ヘブライ語を話すユダヤ人に対して苦情が出た。それは、日々の分配のことで、仲間のやもめたちが軽んじられていたからである。 2そこで、十二人は弟子をすべて呼び集めて言った。「わたしたちが、神の言葉をないがしろにして、食事の世話をするのは好ましくない。 3それで、兄弟たち、あなたがたの中から、“霊”と知恵に満ちた評判の良い人を七人選びなさい。彼らにその仕事を任せよう。 4わたしたちは、祈りと御言葉の奉仕に専念することにします。」 5一同はこの提案に賛成し、信仰と聖霊に満ちている人ステファノと、ほかにフィリポ、プロコロ、ニカノル、ティモン、パルメナ、アンティオキア出身の改宗者ニコラオを選んで、 6使徒たちの前に立たせた。使徒たちは、祈って彼らの上に手を置いた。
     7こうして、神の言葉はますます広まり、弟子の数はエルサレムで非常に増えていき、祭司も大勢この信仰に入った。

    🌸 答唱詩編 詩編33 典46 ①⑤

    神の注がれる目は、神をおそれる者に、神の愛に希望をおく者の上に。

    神のことばはただしく、
    そのわざにはいつわりがない。
    神は正義と公平を愛し、
    いつくしみは地に満ちている。

    神はたて、神はすくい、
    わたしたちは神を待ち望む。
    心は神のうちにあってよろこび、
    とうといその名により頼む。

    アレルヤ唱 典265 ⑩

    アレルヤ、アレルヤ。すべてのものを造られたキリストは復活し、人類にあわれみをかけられる。アレルヤ、アレルヤ。

    🌸 福音朗読 (ヨハネ6.16-21)

    ヨハネによる福音

     16夕方になったので、弟子たちは湖畔へ下りて行った。 17そして、舟に乗り、湖の向こう岸のカファルナウムに行こうとした。既に暗くなっていたが、イエスはまだ彼らのところには来ておられなかった。 18強い風が吹いて、湖は荒れ始めた。 19二十五ないし三十スタディオンばかり漕ぎ出したころ、イエスが湖の上を歩いて舟に近づいて来られるのを見て、彼らは恐れた。 20イエスは言われた。「わたしだ。恐れることはない。」 21そこで、彼らはイエスを舟に迎え入れようとした。すると間もなく、舟は目指す地に着いた。

    祈る花:Inoruhana
    祈る花:Inoruhana

    🌸 分かち合い

     パンを増やされた後にあった湖上での出来事。マタイ・マルコが劇的に描く場面をヨハネは簡潔にまとめる。イエスは一人山にとどまり、弟子たちは湖畔に下る。いわば、神の世界・恵み溢れる世界から、人々の世界―嵐が象徴する苦しみと汚れ、不安と迷いのあふれる世界に戻る。「強い風が吹き、湖は荒れ始める」とヨハネは記す。しかも、「暗くなっていた」と。漁師の生活に慣れた男たちにとっても、闇の中、しかも荒れ狂う海の上で恐れに襲われないはずはない。
     そんなみじめさの極みの中に、神の世界に生きるイエスが山を下り、湖の上を歩いて、弟子たちの乗る小舟に近づかれる。予想もしないイエスが突然姿を現し、しかも、湖の上を歩いて来られる。ヨハネはただ「彼らは恐れた」と書くが、マルコは「幽霊だと思い、大声で叫んだ」と。恐れにとらわれているとき、人は物ごとを正しく見ることができない。イエスは言う、「わたしだ。恐れることはない」と。「わたしだ」(エゴ・エイミ)は、神の自己紹介の言葉。神に触れた人が当然抱く恐れに対し、神はいつも「恐れるな」と言われる。そして、イエスを小舟に迎え入れると、「間もなく舟は目指す地に着いた」と。
     一人一人の人生の中で、そして、教会の歴史の中で、イエスは繰り返し、同じような体験を人々にさせて、自らを現わされる。人間が神に出会うという稀有な体験は、恐れ、不安、痛み、苦しみといった負の体験なしにありえないことを教える出来事ではないか。裏を返せば、コロナのような未曽有な体験も、人類が神に出会う恵みの機会だと言えるかもしれない。(S.T.)

🌸 AD MAJOREM DEI GLORIAM 🌸

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