2025年10月8日
年間第二十七水曜日

祈り
「イエスはある所で祈っておられた。祈りが終わると、弟子の一人がイエスに『主よ、ヨハネが弟子たちに教えたように、わたしたちにも祈りを教えてください』と言った。」(ルカ 11:1)
新たにいただく一日一日が、私たちを祈りと感謝に招きます。そして、どのように祈ったらよいかわからない時、あるいは正しく祈れているか不安に感じる時は、弟子たちのように、シンプルに願いましょう。「主よ、わたしたちにも祈りを教えてください」と。
主にお願いすることを恐れないでください。主は、弟子たちになさったように、常に私たちを正しい道へと適切な時に導いてくださいます。
この同じ信頼に呼び起こされて、「日々ささげる祈り」を通して、この一日を主にゆだねましょう。
イタリア青年チーム
祈りの賜物
「主よ、わたしたちにも祈りを教えてください」(ルカ11:1)と、最初の弟子たちは素朴に願い求めました。そしてイエスは彼らに、キリスト教の祈りの模範である主の祈りを教えられました。祈りとは、このように神からの賜物なのです。
あなたがこの賜物を深く生きる時、つまり罪から引き離されて神の子としての尊厳に高められた者として生きる時、あなたの内側で祈るのは聖霊ご自身です。
「わたしたちはどのように祈るべきかを知りませんが、”霊”自らが、言葉に表せないうめきをもって執り成してくださるからです。」(ローマ 8:26)
パウロ6世が勧めたように、この祈りの賜物に満たされて、日々の生活を形づくるようにしましょう。たとえ暗い気持ちや絶望的に感じられる瞬間であっても、祈りが常にキリストの慰めの光をもたらしますように。
教皇の意向のために「今月の祈り」をささげましょう。
イタリア青年チーム
慰めを受けて、新たになる
今朝から、「祈り」の言葉とともに歩みました。
今夜、眠りにつく準備をしながら、もう一度その祈りを心に留めて、一日の導きすべてを思い巡らしましょう。
沈黙することが難しいと感じられる時でも、沈黙を通して、シンプルでありながらも深く主の御心につながる真の祈りの道へと自らをゆだねましょう。
この新たな心がまえで、主を迎える準備をしましょう。
多くの肉体的、霊的な労苦の後でも、主の存在によって心が新たにされますように。
今、沈黙の中で、心の中に主の祈りのためのスペースを残しておきましょう。
「主の祈り」
イタリア青年チーム