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あなたの神である主を愛しなさい。

マタイ22:37
集会祈願

🌸 第一朗読 (エゼキエル37:1-14)

 1主の手がわたしの上に臨んだ。わたしは主の霊によって連れ出され、ある谷の真ん中に降ろされた。そこは骨でいっぱいであった。 2主はわたしに、その周囲を行き巡らせた。見ると、谷の上には非常に多くの骨があり、また見ると、それらは甚だしく枯れていた。 3そのとき、主はわたしに言われた。「人の子よ、これらの骨は生き返ることができるか。」わたしは答えた。「主なる神よ、あなたのみがご存じです。」 4そこで、主はわたしに言われた。「これらの骨に向かって預言し、彼らに言いなさい。枯れた骨よ、主の言葉を聞け。 5これらの骨に向かって、主なる神はこう言われる。見よ、わたしはお前たちの中に霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。 6わたしは、お前たちの上に筋をおき、肉を付け、皮膚で覆い、霊を吹き込む。すると、お前たちは生き返る。そして、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。」
 7わたしは命じられたように預言した。わたしが預言していると、音がした。見よ、カタカタと音を立てて、骨と骨とが近づいた。 8わたしが見ていると、見よ、それらの骨の上に筋と肉が生じ、皮膚がその上をすっかり覆った。しかし、その中に霊はなかった。 9主はわたしに言われた。「霊に預言せよ。人の子よ、預言して霊に言いなさい。主なる神はこう言われる。霊よ、四方から吹き来れ。霊よ、これらの殺されたものの上に吹きつけよ。そうすれば彼らは生き返る。」
10わたしは命じられたように預言した。すると、霊が彼らの中に入り、彼らは生き返って自分の足で立った。彼らは非常に大きな集団となった。
 11主はわたしに言われた。「人の子よ、これらの骨はイスラエルの全家である。彼らは言っている。『我々の骨は枯れた。我々の望みはうせ、我々は滅びる』と。 12それゆえ、預言して彼らに語りなさい。主なる神はこう言われる。わたしはお前たちの墓を開く。わが民よ、わたしはお前たちを墓から引き上げ、イスラエルの地へ連れて行く。 13わたしが墓を開いて、お前たちを墓から引き上げるとき、わが民よ、お前たちはわたしが主であることを知るようになる。 14また、わたしがお前たちの中に霊を吹き込むと、お前たちは生きる。わたしはお前たちを自分の土地に住まわせる。そのとき、お前たちは主であるわたしがこれを語り、行ったことを知るようになる」と主は言われる。

🌸 答唱詩編 詩編107 典40①②

 :神のいつくしみをとこしえに歌い、
   主のまことを代々につげよう。

「神に感謝せよう。
神はいつくしみふかく、
そのあわれみは永遠。」
神にあがなわれた者は叫べ。 【答】

東と西、北と南の
全ての地から集められた者は叫べ。
「人の子らよ、神のいつくしみと、
その不思議なわざに感謝せよう」と。 【答】

アレルヤ唱 典269 ㉛

アレルヤ、アレルヤ。神よ、あなたの道を示し、真理のうちにわたしを教え導いてください。アレルヤ、アレルヤ。

🌸 福音朗読 (マタイ22:34-40)

マタイによる福音

 34〔そのとき、〕ファリサイ派の人々は、イエスがサドカイ派の人々を言い込められたと聞いて、一緒に集まった。 35そのうちの一人、律法の専門家が、イエスを試そうとして尋ねた。 36「先生、律法の中で、どの掟が最も重要でしょうか。」 37イエスは言われた。「『心を尽くし、精神を尽くし、思いを尽くして、あなたの神である主を愛しなさい。』 38これが最も重要な第一の掟である。 39第二も、これと同じように重要である。『隣人を自分のように愛しなさい。』 40律法全体と預言者は、この二つの掟に基づいている。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 イスラエルの宗教は、何にもまして、神ご自身を唯一の方、ほかのすべてのものと比べることのできない存在として礼拝することを強調してきました。それは、出エジプト記(20章)の十戒にはっきりと謳われています。そして、申命記の中でも、「聞け、イスラエルよ。我らの神、主は唯一の主である。あなたは心を尽くし、魂を尽くし、力を尽くして、あなたの神、主を愛しなさい」(6.4)とあり、これは、成年男子は、毎日朝晩唱える義務があると言います。

 しかし、イスラエルの歴史は、この掟がどれほど実行の難しいことであるかを物語っています。イスラエルの指導者に向けられた預言者の厳しい言葉は、まさに、この唯一神への信仰からの離反に向けられたものでした。

 イエスは、もう一つの大事な掟として、レビ記に記された掟、「自分自身を愛するように隣人を愛しなさい」(19.18)をあげられました。この第二の掟は、レビ記の中で、目立たない形で記されていますが、イエスはそれに光を当てられました。ルカの「善いサマリア人のたとえ」を思い起こせば、納得できるでしょう。パウロも、ヤコブも、隣人愛の掟を強調しています。そして、イエスは、この二つの掟―神への愛と隣人への愛―を律法の要とされ、しかも、この二つが別々のものではなく、表裏一体、不可分な関係にある、と考えておられたようです。

隣人への愛、特に、貧しい人、弱い人、助けを必要としている人への配慮は、預言者たちが為政者に厳しい言葉を浴びせたときに、必ず触れられた点です。神への愛が真実のものであるかの指標と言えるかもしれません。そして、それは、いつの時代でも、信仰者に反省を求める点ではないでしょうか。

 最後に、イエスは、数ある律法を二つの要点に集約されただけでなく、自らそれを生きられたことを忘れてはなりません。イエスの生涯は、まさに父なる神への愛、父のみ旨を行う従順に貫かれていました。そして、その公の生活は、当時の人々、病める人、苦しむ人、飢えている人への奉仕に捧げられていました。ご自分のもてるすべてのよいものをわかちあう、そのような神と人への愛に生きられたこと、あらためて思い起こしましょう。(S.T.)

年間第二十金曜日(8/19)
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One thought on “年間第二十金曜日(8/19)

  • 8月 20, 2022 at 2:53 am
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    「分かち合い」の中で語られる(引用される)聖書の言葉には霊が吹き込まれている(ルカ4章21節)。

    自然や、人間がいる風景が好きだ。
    ぼくは命が好きだ。
    仮に沈黙であっても、そこに言葉があるから。

    ぼくは、あなたのプロパガンダが聴きたい。たとえ敗北のそれであっても。
    様々なプロパガンダにはあきた。

    「あなたを知りたい。愛の予感♪」
    松田聖子『白いパラソル』

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