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教皇の意向:女性の役割 (4月)

待降節第三金曜日(12/17)

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アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図

マタイ1:1
集会祈願

🌸 第一朗読 (創世記49.1-2、)

1〔その日、〕ヤコブは息子たちを呼び寄せて言った。
「集まりなさい。わたしは後の日にお前たちに起こることを語っておきたい。
2ヤコブの息子たちよ、集まって耳を傾けよ。
お前たちの父イスラエルに耳を傾けよ。
8ユダよ、あなたは兄弟たちにたたえられる。
あなたの手は敵の首を押さえ
父の子たちはあなたを伏し拝む。
9ユダは獅子の子。
わたしの子よ、あなたは獲物を取って上って来る。
彼は雄獅子のようにうずくまり
雌獅子のように身を伏せる。
誰がこれを起こすことができようか。
10王笏はユダから離れず
統治の杖は足の間から離れない。
ついにシロが来て、諸国の民は彼に従う。

🌸 答唱詩編 詩編72 典60 ③⑤

アレルヤ唱 典257 (12月17日)

🌸 福音朗読 (マタイ1.1-17)

マタイによる福音
 

1アブラハムの子ダビデの子、イエス・キリストの系図。
2アブラハムはイサクをもうけ、イサクはヤコブを、ヤコブはユダとその兄弟たちを、 3ユダはタマルによってペレツとゼラを、ペレツはヘツロンを、ヘツロンはアラムを、 4アラムはアミナダブを、アミナダブはナフションを、ナフションはサルモンを、 5サルモンはラハブによってボアズを、ボアズはルツによってオベドを、オベドはエッサイを、 6エッサイはダビデ王をもうけた。
ダビデはウリヤの妻によってソロモンをもうけ、 7ソロモンはレハブアムを、レハブアムはアビヤを、アビヤはアサを、 8アサはヨシャファトを、ヨシャファトはヨラムを、ヨラムはウジヤを、 9ウジヤはヨタムを、ヨタムはアハズを、アハズはヒゼキヤを、 10ヒゼキヤはマナセを、マナセはアモスを、アモスはヨシヤを、 11ヨシヤは、バビロンへ移住させられたころ、エコンヤとその兄弟たちをもうけた。
12バビロンへ移住させられた後、エコンヤはシャルティエルをもうけ、シャルティエルはゼルバベルを、 13ゼルバベルはアビウドを、アビウドはエリアキムを、エリアキムはアゾルを、 14アゾルはサドクを、サドクはアキムを、アキムはエリウドを、 15エリウドはエレアザルを、エレアザルはマタンを、マタンはヤコブを、 16ヤコブはマリアの夫ヨセフをもうけた。このマリアからメシアと呼ばれるイエスがお生まれになった。
17こうして、全部合わせると、アブラハムからダビデまで十四代、ダビデからバビロンへの移住まで十四代、バビロンへ移されてからキリストまでが十四代である。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 今日の福音書は読みづらいでしょう。カタカナの名前ばかりで読まれたのです。最初にこの文を見たらきちんと読みたくなかったですが、ゆっくり読んでみれば、幾つかのポイントが出てきました。それを皆さんに分かち合いたいと思います。

 まず、この箇所をさっと目に通したら、主イエスは人間の歴史から、私たちの歴史から誕生されたという意味が現れていると分かります。この系図をじっと見ると、知っている人物はほぼ罪人だったし、また異邦人というか外国人というか女性たちも何人かいました。それから多くの不明な名前も書かれました。このような人間の家族の中で主イエスは生まれました。そこから主イエスは私たち、また全人類を聖別し、人を救ってくださいました。

 次は二つ目のポイントですけれども、それは今日の箇所の最初の言葉です。「アブラハムの子ダビデの子、主イエス・キリストの系図。」これは、主イエスはいったい誰であるかと語られたところです。主イエスはキリストである。また主イエスもダビデの子であり、アブラハムの子である。ここではダビデを中心として強調されました。なぜかというと、マタイはダビデの子という言葉を先に、アブラハムの子を後に書きました。日本語の訳はこれがあまり見えませんが、英語の訳またはギリシア語の訳はこれを明らかに示しています。(The book of the genealogy of Jesus Christ, the Son of David, the Son of Abraham -Βίβλος γενέσεως Ἰησοῦ Χριστοῦ υἱοῦ Δαυὶδ υἱοῦ Ἀβραάμ)。確かに、ダビデによってメシアの約束は立てられました。これは旧約聖書特に預言書によって強調されたのです。主イエスはダビデの子であるというと、主イエスは旧約聖書に書かれたように実現するようになります。

 最後に、三つ目のポイントはどうしてマタイは「主イエスは神の子である」と書かなかったのか。皆さん、このマタイによる主イエスの系図そして主イエスの誕生の物語を見てご覧ください。神の子という言葉は一度も出てこないのです。ルカによる福音書に語られた主イエスの系図と比べると、マタイの方はかなり違うのです。ルカは神の子であるアダムまでさかのぼりましたが、マタイはアブラハムまでしか戻らなかったです。ルカは、「主イエスは神の子である」とはっきり伝えました。マタイはこのようなメッセージを伝えたかったのですが、違う方法を使いました。(それは、)主イエスはダビデの子であると中心として強調しました。

 皆さんがご存知通りにマタイの福音書はユダヤ人に向けて記されたものです。さきほど言ったように、メシアは必ずダビデの子孫から登場するとユダヤ人たちは信じています。だからこそ、主イエスはダビデの子であると証明したら、これでユダヤ人に対して十分です。メシアまたはキリストは勿論油を注がれた者だと言われていますが、ある意味で神の子だと呼ばれることもあるわけです。このマタイの一章をもうちょっと読み続ければ、マタイはダビデの子孫であるヨセフを強調したと分かりました。なぜかというと主イエスがダビデの子孫から生まれたことを証明したかったからです。

 主イエスの系図を読むときに、私たちの系図を思い出したいです。今日は個人的な歴史または共同体の歴史、または教会の歴史を思い出すチャンスでしょう。この歴史の中でどこを強調するのかと考えてみましょう。神が私たちの歴史の中でどういうふうに働いてきたのかと黙想しながら感謝の気持ちをお願いしたいと思います。

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聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
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