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目を覚ましているのを見られる僕たちは幸い

ルカ12:38
集会祈願

🌸 第一朗読 (ローマ5.12、15b、17-19、20b-21)

 12〔皆さん、〕一人の人によって罪が世に入り、罪によって死が入り込んだように、死はすべての人に及んだのです。すべての人が罪を犯したからです。
  15一人の罪によって多くの人が死ぬことになったとすれば、なおさら、神の恵みと一人の人イエス・キリストの恵みの賜物とは、多くの人に豊かに注がれるのです。  17一人の罪によって、その一人を通して死が支配するようになったとすれば、なおさら、神の恵みと義の賜物とを豊かに受けている人は、一人のイエス・キリストを通して生き、支配するようになるのです。 18そこで、一人の罪によってすべての人に有罪の判決が下されたように、一人の正しい行為によって、すべての人が義とされて命を得ることになったのです。 19一人の人の不従順によって多くの人が罪人とされたように、一人の従順によって多くの人が正しい者とされるのです。 20しかし、罪が増したところには、恵みはなおいっそう満ちあふれました。 21こうして、罪が死によって支配していたように、恵みも義によって支配しつつ、わたしたちの主イエス・キリストを通して永遠の命に導くのです。

🌸 答唱詩編 詩編40 典54 ③⑤

アレルヤ唱 典274 ⑤

🌸 福音朗読 (ルカ12.35-38)

ルカによる福音
 35〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「腰に帯を締め、ともし火をともしていなさい。 36主人が婚宴から帰って来て戸をたたくとき、すぐに開けようと待っている人のようにしていなさい。 37主人が帰って来たとき、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。はっきり言っておくが、主人は帯を締めて、この僕たちを食事の席に着かせ、そばに来て給仕してくれる。 38主人が真夜中に帰っても、夜明けに帰っても、目を覚ましているのを見られる僕たちは幸いだ。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana
祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 「目覚める」といっても色々な目覚めがあります。夜中にふと「目覚める」こともありますが、真実に触れ、迷いが吹っ切れて、あるべき姿に「目覚める」こともあります。その場合には、今まで眠っていた才能や能力が「目覚めた」ということです。

 聖書が使う「目覚める」は、「眠らないで、目を覚ましている」ことをも表しますが、ほとんどは「あるべき姿に気づき、油断を怠けらずに目覚めている」の意味です。

 今日の福音書は、僕は主人が帰ってくるという目的を待ち望みながら、「目覚める」ということを語っています。同じ内容で、マタイ福音書の方によって、目覚めは眠らないという意味よりも、偽善者にならないように、時間通り主人の家に住んでいる人々に食事を与えさせることにした忠実な生き方です(マタイ24:43-51参照)。

 「食事」を与えさせるという使命は私たちの使命ではないでしょうか。私たちは主イエスが再び来られるのを待ち望みながら、与えられる使命を忠実に生き、忠実に果たすわけです。それに、「目覚める」とき、私たちはあるべき姿を実現すると言えるでしょう。

 このような生き方を実現するために、目を覚ましていなければなないと今日の福音書は強調しております。それができる人に対して、主人は彼・彼女を祝福し、すぐそばに給仕してくださいます。何とかその人は非常に喜ぶようになるでしょう。自分自身が僕なのに、主人によって仕えられるなんて。

 このような幸い、このような幸せ・喜びが与えられますように、今日も一日忠実に「目覚める」という恵みを願い求めましょう。

年間第二十九火曜日(10/19)
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