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この方のなさったことはすべて、すばらしい

マルコ7:37
集会祈願

🌸 第一朗読 (創世記3.1-8)

1主なる神が造られた野の生き物のうちで、最も賢いのは蛇であった。蛇は女に言った。
「園のどの木からも食べてはいけない、などと神は言われたのか。」
2女は蛇に答えた。
「わたしたちは園の木の果実を食べてもよいのです。 3でも、園の中央に生えている木の果実だけは、食べてはいけない、触れてもいけない、死んではいけないから、と神様はおっしゃいました。」
4蛇は女に言った。
「決して死ぬことはない。 5それを食べると、目が開け、神のように善悪を知るものとなることを神はご存じなのだ。」
6女が見ると、その木はいかにもおいしそうで、目を引き付け、賢くなるように唆していた。女は実を取って食べ、一緒にいた男にも渡したので、彼も食べた。 7二人の目は開け、自分たちが裸であることを知り、二人はいちじくの葉をつづり合わせ、腰を覆うものとした。
8その日、風の吹くころ、主なる神が園の中を歩く音が聞こえてきた。アダムと女が、主なる神の顔を避けて、園の木の間に隠れた。

🌸 答唱詩編 詩編32 典114 ①②

アレルヤ唱 典270 51

🌸 福音朗読 (マルコ7.31-37)

マルコによる福音
 31〔そのとき、〕イエスはティルスの地方を去り、シドンを経てデカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた。 32人々は耳が聞こえず舌の回らない人を連れて来て、その上に手を置いてくださるようにと願った。 33そこで、イエスはこの人だけを群衆の中から連れ出し、指をその両耳に差し入れ、それから唾をつけてその舌に触れられた。 34そして、天を仰いで深く息をつき、その人に向かって、「エッファタ」と言われた。これは、「開け」という意味である。 35すると、たちまち耳が開き、舌のもつれが解け、はっきり話すことができるようになった。 36イエスは人々に、だれにもこのことを話してはいけない、と口止めをされた。しかし、イエスが口止めをされればされるほど、人々はかえってますます言い広めた。 37そして、すっかり驚いて言った。「この方のなさったことはすべて、すばらしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 2009年9月22日に私は来日しました。その時、日本語が全く分かりませんでした。日本に来て2週間後日本語の学校に行き、「あ、い、う、え、お」を勉強し始めました。通話できないときには、本当に辛いです。学校では、分からない時、先生に英語で質問しましたが、先生は日本語で答えて、こうしてもっと分からなくなってしまいました。もちろんこれはいい方法ですけれども、その時、とても大変でした。神学院の共同体の中でも、特に夕食の時、一番楽しい時間でしたが、同時に苦しんでいる時間もありました。皆は日本語でしゃべて、何を言ったか全く分からなくて、度々食事の時間が長く過ごして、頭が本当に痛くなりました。

 皆さん、互いのことばが通じ合わない悲しみと苦しみを私たちは経験したことがあるでしょう。この大変な体験を理解した上において、今日朗読された福音書を分かると思います。耳が聞こえず、舌の回らない人は確かに苦しんでいます。彼は他の人々とのコミュニケーションができなかったからです。主イエスはこの人の病気を癒してくださいました。主イエスによって、この人は耳が聞こえず、舌の回らないという苦しみから解放されました。

 皆さん、私たちは耳が聞こえ、口が話すことができますが、生活の中でしっかり振り替えてみますと、度々耳が聞こえないようにし、口が閉ざされてしまったことがあるでしょうか。耳は神の声をちゃんと聞いたでしょうか、他の人々の苦しんでいる声を聞いたでしょうか。そして、口は神のみわざを賛美しましたか、困っている人々に慰めの言葉を話しましたか。今日の福音書に耳を傾けて、心の中でこのようなことを反省する必要があると思います。

 毎日教会の祈りを唱える方々は「神よ、わたしの口を開いてください。わたしはあなたに讃美をささげます」というはじめの唱句を知っておられると思います。確かに、私たちの目的は神に賛美をささげるのです。毎日の生活によって、与えられたことを神に感謝し讃美をささげます。そして、他の人々を通して、神の働きを神に感謝します。同時に、神の声を聞き、苦しんでいる人々の声を聞くことも大切だと思います。

 今日の福音書の中で、主イエスは耳が聞こえず、舌の回らない人にその病気を癒してくださいましたように私たちの耳と口を開いて下さるようお願いしたいのです。私たちは主イエスに触れて心の目と耳が開かれていかなければ、主イエスのことを本当に理解することができません。福音書の最後に語られたように、人々は癒された人をも含めて、主イエスのみわざを見ますと、驚いて互いに言いました。「この方のなさったことはすべて、素晴らしい。耳の聞こえない人を聞こえるようにし、口の利けない人を話せるようにしてくださる」。この箇所でいやされた人の中に、主イエスを知るという、弟子のあるべき姿が示されていると思います。私たちは主イエスに自分の耳と口を開いて下さるようにお願いしながら、主イエスをもっと深く知るような恵みをお祈りして感謝のミサを捧げ続けましょう。

年間第五金曜日(2月12)
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