非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

年間第四水曜日(2月3)

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人々の不信仰に驚かれた

マルコ6:6

福者ユスト高山右近殉教者

集会祈願

🌸 第一朗読 (ヘブライ12.4-7、11-15)

 4〔皆さん、〕あなたがたはまだ、罪と戦って血を流すまで抵抗したことがありません。 5また、子供たちに対するようにあなたがたに話されている次の勧告を忘れています。
「わが子よ、主の鍛錬を軽んじてはいけない。
主から懲らしめられても、
力を落としてはいけない。
6なぜなら、主は愛する者を鍛え、
子として受け入れる者を皆、
鞭打たれるからである。」
 7あなたがたは、これを鍛錬として忍耐しなさい。神は、あなたがたを子として取り扱っておられます。いったい、父から鍛えられない子があるでしょうか
 11およそ鍛錬というものは、当座は喜ばしいものではなく、悲しいものと思われるのですが、後になるとそれで鍛え上げられた人々に、義という平和に満ちた実を結ばせるのです。
 12だから、萎えた手と弱くなったひざをまっすぐにしなさい。 13また、足の不自由な人が踏み外すことなく、むしろいやされるように、自分の足でまっすぐな道を歩きなさい。
 14すべての人との平和を、また聖なる生活を追い求めなさい。聖なる生活を抜きにして、だれも主を見ることはできません。 15神の恵みから除かれることのないように、また、苦い根が現れてあなたがたを悩まし、それによって多くの人が汚れることのないように、気をつけなさい。

🌸 答唱詩編 詩編103 典93 ③⑥

アレルヤ唱 典272 ㉖

🌸 福音朗読 (マルコ6.1-6)

マルコによる福音

 1〔そのとき、〕イエスはそこを去って故郷にお帰りになったが、弟子たちも従った。 2安息日になったので、イエスは会堂で教え始められた。多くの人々はそれを聞いて、驚いて言った。「この人は、このようなことをどこから得たのだろう。この人が授かった知恵と、その手で行われるこのような奇跡はいったい何か。 3この人は、大工ではないか。マリアの息子で、ヤコブ、ヨセ、ユダ、シモンの兄弟ではないか。姉妹たちは、ここで我々と一緒に住んでいるではないか。」このように、人々はイエスにつまずいた。 4イエスは、「預言者が敬われないのは、自分の故郷、親戚や家族の間だけである」と言われた。 5そこでは、ごくわずかの病人に手を置いていやされただけで、そのほかは何も奇跡を行うことがおできにならなかった。 6そして、人々の不信仰に驚かれた。
 それから、イエスは付近の村を巡り歩いてお教えになった。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 今日は、日本の教会では、4年前に列福された福者ユスト高山右近を記念するミサを捧げます。大阪での列福式のことを思い起こしながら、右近の生涯と霊性について考えたいと思います。 
 高山右近は63年の人生の中で、何度も死を経験しました。肉体の死は、晩年、多くの信徒たちとともに流された異国フィリピンでの死(1615年)でしたが、それまでに、愛する人々、信頼して仕えた師、領民、そして、領地と財産・地位、そのすべてを、少しずつ、そして、決定的に、太閤秀吉から「どちらを取るのか、自分か、それともデウスか」と迫られたとき、全面的に放棄する選択をしたとき(1587年)に経験したのです。その文字通りの死に匹敵する潔い決断は、どれほど多くのキリシタンを勇気づけ、また、人々を信仰に導いたでしょうか。主イエスは言われます、「わたしに仕えようとする者は、わたしに従え。そうすれば、わたしのいるところに、わたしに仕える者もいることになる」と。主に従う決意をした右近は、次第に、主に似たものとなり、主のように貧しく、蔑まれるものとなり、主のいるところにいるようになります。 自分に与えられた様々なよいものを、自分の意思で放棄し、断念することは、神が与えてくださったキリストへの愛なしに考えることはできません。
 あの列福の恵みから早4年、少しずつ記憶が薄れてゆくときかもしれませんが、あらためて、多くの方々の努力、そして、神様の寛大な計らいによって、高山右近の列福が実現したことを感謝いたしましょう。平和で自由な時代にあっても、主に対して、寛大に自分を捧げるこころが日々与えられ、唯一変わることのない主の愛を、生活をもって証する恵みを共にお祈りいたしましょう。(S.T.)

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