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収穫の時が来た

マルコ4:29
集会祈願

🌸 第一朗読 (ヘブライ10.32-39)

 32〔皆さん、〕あなたがたは、光に照らされた後、苦しい大きな戦いによく耐えた初めのころのことを、思い出してください。 33あざけられ、苦しめられて、見せ物にされたこともあり、このような目に遭った人たちの仲間となったこともありました。 34実際、捕らえられた人たちと苦しみを共にしたし、また、自分がもっとすばらしい、いつまでも残るものを持っていると知っているので、財産を奪われても、喜んで耐え忍んだのです。 35だから、自分の確信を捨ててはいけません。この確信には大きな報いがあります。 36神の御心を行って約束されたものを受けるためには、忍耐が必要なのです。
37「もう少しすると、来るべき方がおいでになる。
遅れられることはない。
38わたしの正しい者は信仰によって生きる。
もしひるむようなことがあれば、
その者はわたしの心に適わない。」
39しかし、わたしたちは、ひるんで滅びる者ではなく、信仰によって命を確保する者です。

🌸 答唱詩編 詩編37 典166 ①②

アレルヤ唱 典269 17A

🌸 福音朗読 (マルコ4.26-34)

マルコによる福音
 26〔その時、イエスは言われた。〕「神の国は次のようなものである。人が土に種を蒔いて、 27夜昼、寝起きしているうちに、種は芽を出して成長するが、どうしてそうなるのか、その人は知らない。 28土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる。 29実が熟すと、早速、鎌を入れる。収穫の時が来たからである。」
 30更に、イエスは言われた。「神の国を何にたとえようか。どのようなたとえで示そうか。 31それは、からし種のようなものである。土に蒔くときには、地上のどんな種よりも小さいが、 32蒔くと、成長してどんな野菜よりも大きくなり、葉の陰に空の鳥が巣を作れるほど大きな枝を張る。」
 33イエスは、人々の聞く力に応じて、このように多くのたとえで御言葉を語られた。 34たとえを用いずに語ることはなかったが、御自分の弟子たちにはひそかにすべてを説明された。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 今日のたとえ話は、一般論として神の国が最初は小さいが、いつか大きくなるということを教えているでしょう。主イエスの周りには多くの人が集まってきますが、それはマタイ福音書の表現を借りるならば「いろいろな病気や苦しみに悩む者」(マタイ4:24)の群れでした。

 マルコでも「イエスが多くの病人をいやされたので、病気に悩む人たちが皆、イエスに触れようとして、そばに押し寄せた」(マルコ3:10)とあります。主イエスのもとに集まった人々はほとんど病人とその家族であるような気がします。そして、主イエスはこの人々を指して、「見なさい、ここにわたしの母、わたしの兄弟がいる」(マルコ3:34)と宣言されたのです。

 多くの人々から見れば主イエスの周りで起こっていることはあまりにも小さく、弱々しい人の群れでしかなく、神の国からほど遠いものだったのではないかという疑問があったかもしれません。「確かに神の国と言っても今は吹けば飛ぶような小さな現実にしか見えないかもしれない。しかもそれは種なのだ。種が本物で生きていれば、いつかそれは必ず大きなものへの成長していき、大きな実りがもたらされる」。そういうふうに主イエスは希望をもって神の国のメッセージをお伝えになったと思います。

 また、福音では、種のたとえをもって、どんな中にも神の種を見ていくこと、その種は人が知らないうちに大きくなっていきます。神の国も同じように、人知らず、大きくなるのです。言い換えれば、神は愛をもってこの世界のために人が知らなくても働き続けておられます。

 目に見えなくても、天と地の営みのすべてが、神の力に支えられ、導かれています。それで、変動の大きな世界の中で、私たちの責任と同時に、神への信頼が促されているのです。私たちが愛をこめて小さな人のために小さなことをやっても、神は決して私たちのことを忘れておられません。だから、信頼の心でをもって、一日を始めましょう。私たちがすぐにその結果に気づかなくても、主のお恵みは働いているのです。

年間第三金曜日(1月29)
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