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一同は食事をする暇もないほどであった

マルコ3:20
集会祈願

🌸 第一朗読 (ヘブライ9.2-3、11-14)

 2〔皆さん、〕第一の幕屋が設けられ、その中には燭台、机、そして供え物のパンが置かれていました。この幕屋が聖所と呼ばれるものです。 3また、第二の垂れ幕の後ろには、至聖所と呼ばれる幕屋がありました。 
 11けれども、キリストは、既に実現している恵みの大祭司としておいでになったのですから、人間の手で造られたのではない、すなわち、この世のものではない、更に大きく、更に完全な幕屋を通り、 12雄山羊と若い雄牛の血によらないで、御自身の血によって、ただ一度聖所に入って永遠の贖いを成し遂げられたのです。 13なぜなら、もし、雄山羊と雄牛の血、また雌牛の灰が、汚れた者たちに振りかけられて、彼らを聖なる者とし、その身を清めるならば、 14まして、永遠の“霊”によって、御自身をきずのないものとして神に献げられたキリストの血は、わたしたちの良心を死んだ業から清めて、生ける神を礼拝するようにさせないでしょうか。

🌸 答唱詩編 詩編47 典112 ①②

アレルヤ唱 典270 51

🌸 福音朗読 (マルコ3.20-21)

マルコによる福音
 20イエスが家に帰られると、群衆がまた集まって来て、一同は食事をする暇もないほどであった。 21身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 「身内の人たちはイエスのことを聞いて取り押さえに来た。「あの男は気が変になっている」と言われていたからである。」(マルコ3.21)

 なぜ身内の人たちはそんな風に言うのですか。はっきり理由を言わないけど、たぶん身内の人にとって、イエスがしていることは受け入れられなかったからかもしれません。神を除いて、誰一人として罪を赦すことができないけれど、イエスは罪を赦すとあえて言います。本当に気が狂った人だけがそのようなことを言います。そして、徴税人や罪人と一緒に食事するとか、安息日にしてはならないことをするなど信じられません。

 身内の人たちは長い間イエスと一緒に暮らしていた経験や人間の考えなどに基づいて、イエスについて判断します。しかし、イエスの経験は不思議で、すべての人間の理解を超越します。だから、信仰によってのみ、イエスが誰であるか、イエスがしたことの意味を理解できます。信仰によればイエスは私たちの救い主です。反対に、人間的に考えれば、イエスは身内の人たちが言ったとおりに愚かで気が狂った者なのです。

 今日の福音を振り返りながら、私たちは毎日毎日イエスのことをもっと深く知ることができるように祈りましょう。主よ、私たちの信仰を支えてください。(アン神学生による分かち合い)

年間第二土曜日(1月23)
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