非営利団体のボランティアのために祈る (12月)

年間第一土曜日(1月16)

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わたしが来たのは罪人を招くためである

マルコ2:17
集会祈願

🌸 第一朗読 (ヘプライ4.12-16)

12〔皆さん、〕神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな両刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです。 13更に、神の御前では隠れた被造物は一つもなく、すべてのものが神の目には裸であり、さらけ出されているのです。この神に対して、わたしたちは自分のことを申し述べねばなりません。
14さて、わたしたちには、もろもろの天を通過された偉大な大祭司、神の子イエスが与えられているのですから、わたしたちの公に言い表している信仰をしっかり保とうではありませんか。 15この大祭司は、わたしたちの弱さに同情できない方ではなく、罪を犯されなかったが、あらゆる点において、わたしたちと同様に試練に遭われたのです。 16だから、憐れみを受け、恵みにあずかって、時宜にかなった助けをいただくために、大胆に恵みの座に近づこうではありませんか。

🌸 答唱詩編 詩編19 典44 ①②

アレルヤ唱 典268 ⑤

🌸 福音朗読 (2.13-17)

マルコによる福音
13〔そのとき、〕イエスは、再び湖のほとりに出て行かれた。群衆が皆そばに集まって来たので、イエスは教えられた。 14そして通りがかりに、アルファイの子レビが収税所に座っているのを見かけて、「わたしに従いなさい」と言われた。彼は立ち上がってイエスに従った。 15イエスがレビの家で食事の席に着いておられたときのことである。多くの徴税人や罪人もイエスや弟子たちと同席していた。実に大勢の人がいて、イエスに従っていたのである。 16ファリサイ派の律法学者は、イエスが罪人や徴税人と一緒に食事をされるのを見て、弟子たちに、「どうして彼は徴税人や罪人と一緒に食事をするのか」と言った。 17イエスはこれを聞いて言われた。「医者を必要とするのは、丈夫な人ではなく病人である。わたしが来たのは、正しい人を招くためではなく、罪人を招くためである。」

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

🌸 分かち合い

 律法学者と異なり、イエスはよい医者として見捨てられた罪人を世話に来られます。イエスは律法学者の攻撃にもかかわらず、病人や罪人を癒すミッションを続けています。モーセの教えに基づいて、律法学者はモーセの律法やたくさんの細かい規則などを厳守する人と、そうではない人の2つのグループに分けます。2番目のグループでは、彼らは二流の市民のように扱われます。誰も彼らとコミュニケーションをとったり、人間関係を築いたりすることは許されません。彼らは法律的な壁によって共同体から隔離されて排除されています。しかし、イエスはよい医者として憐れみの心を持って、そんな壁を乗り越えて、見捨てられた彼らを世話に来られます。

 レビ、徴税人は罪人と見なされ、神の共同体から排除されます。誰も彼の尊厳を認めません。しかし、イエスは憐れみの心を持って、レビをイエスの弟子になるよう招きます。イエスの呼びかけはレビの心の奥底に触れます。レビはすぐに立ち上がってイエスに従います。それは決定的で、レビの人生を変える瞬間です。レビ、見捨てられた人は嬉しかったに違いありません。宴会というイメージはその喜びのしるしです。レビは多くの人々を誘って、イエスと共に食事をして、救いの喜びを分かち合います。

 今日の福音では、私たちが本当に愛し、自分の心を開いたら、その人は誰であるか、どうか疑うことはないことをイエスは私たちに教えるのではないでしょうか。愛によって、人々を互いに孤立させる壁は壊され、人々を繋ぐ架け橋が建てられます。そして、私たち全員がくつろげる大家族が築けます。(Fratelli Tutti, 26)

 私たちはレビのように神に愛されてイエスの弟子になるよう招かれています。イエスの呼びかけを黙想する時、イエスの弟子として、私たちは互いに無関心を乗り越え、周りの人々を世話するように求められます。私たちは自分の心が開かれて、神の愛に満たされるように祈りましょう。(アン神学生による分かち合い)

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