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主の道を整え、その道筋をまっすぐに

マルコ1:3
集会祈願

いつくしみ深い父である神よ、あなたは悩み苦しむ世界に救いの道を供えてくださいます。ここに集まるわたしたちが、心からあなたに立ち返り、キリストともに歩むことができるよう、聖霊を豊かに注いでください。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

???? 第一朗読 (イザヤ40.1-5、9-11)

 1慰めよ、わたしの民を慰めよとあなたたちの神は言われる。2エルサレムの心に語りかけ彼女に呼びかけよ苦役の時は今や満ち、彼女の咎は償われた、と。罪のすべてに倍する報いを主の御手から受けた、と。3呼びかける声がある。主のために、荒れ野に道を備えわたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ。4谷はすべて身を起こし、山と丘は身を低くせよ。険しい道は平らに、狭い道は広い谷となれ。5主の栄光がこうして現れるのを肉なる者は共に見る。主の口がこう宣言される。
 9高い山に登れ良い知らせをシオンに伝える者よ。力を振るって声をあげよ良い知らせをエルサレムに伝える者よ。声をあげよ、恐れるなユダの町々に告げよ。見よ、あなたたちの神10見よ、主なる神。彼は力を帯びて来られ御腕をもって統治される。見よ、主のかち得られたものは御もとに従い主の働きの実りは御前を進む。11主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる。

???? 答唱詩編 詩編85 典81 ③④⑤

答 神よ、わたしに目を注ぎ、
  強めてください、手をさしのべて。

神の語られる言葉を聞こう。
神は平和を約束される、
その民、神に従う民に、
心を神に向ける人に。  【答】

救いは神を恐れる人に近く、
栄光はわたしたちの地に住む。
いつくしみとまことはめぐり合い、
正義と平和はいだき合う。  【答】

まことは地から芽生え、正義は天から見守る。
神は恵みを注がれ、地は豊かに実る。
正義は神の前を進み、
平和はその足跡に従う。  【答】

???? 第二朗読 (二ペトロ3.8-14)

8愛する人たち、このことだけは忘れないでほしい。主のもとでは、一日は千年のようで、千年は一日のようです。 9ある人たちは、遅いと考えているようですが、主は約束の実現を遅らせておられるのではありません。そうではなく、一人も滅びないで皆が悔い改めるようにと、あなたがたのために忍耐しておられるのです。 10主の日は盗人のようにやって来ます。その日、天は激しい音をたてながら消えうせ、自然界の諸要素は熱に熔け尽くし、地とそこで造り出されたものは暴かれてしまいます。 11このように、すべてのものは滅び去るのですから、あなたがたは聖なる信心深い生活を送らなければなりません。 12神の日の来るのを待ち望み、また、それが来るのを早めるようにすべきです。その日、天は焼け崩れ、自然界の諸要素は燃え尽き、熔け去ることでしょう。 13しかしわたしたちは、義の宿る新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです。14だから、愛する人たち、このことを待ち望みながら、きずや汚れが何一つなく、平和に過ごしていると神に認めていただけるように励みなさい。

アレルヤ唱 典255 (第二主実日)

アレルヤ、アレルヤ。主の道を備え、その小道を整えよ。すべての人は神の救いを見る。アレルヤ、アレルヤ。

???? 福音朗読 (マルコ1.1-8)

マルコによる福音
 1神の子イエス・キリストの福音の初め。2預言者イザヤの書にこう書いてある。「見よ、わたしはあなたより先に使者を遣わし、あなたの道を準備させよう。3荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ。』」そのとおり、 4洗礼者ヨハネが荒れ野に現れて、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。 5ユダヤの全地方とエルサレムの住民は皆、ヨハネのもとに来て、罪を告白し、ヨルダン川で彼から洗礼を受けた。 6ヨハネはらくだの毛衣を着、腰に革の帯を締め、いなごと野蜜を食べていた。 7彼はこう宣べ伝えた。「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。 8わたしは水であなたたちに洗礼を授けたが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる。」

奉納祈願

万物の造り主である神よ、あなたはすべてのいのちを養い育ててくださいます。きょうも主の晩さんを祝うわたしたちが、あなたに生かされる喜びを深く味わうことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

救いの源である神よ、キリストのからだに結ばれて祈ります。あなたの言葉に信頼をおき、キリストの道を力強く歩むことができますようによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 12月に入り、待降節も第二の主日を迎えています。待降節は、主がお出でになるのをお待ちし、準備するときです。しかし、それがいつなのか、また、どのような形でお出でになるのか、だれにもわかりません。だから余計注意して待たなければならないのです。これが、先週、第一主日のメッセージでした。

 今、わたしたち、日本で生活する人だけでなく、世界中の人が待っています。新型コロナウィルス感染症はいつ終息するのか、ワクチンはいつ一般の使用に供されるのか、東京オリンピックははたして実施できるのか、など。皆、不安な気持ちで待っています。わたしたち一人一人の人生も、これから先どうなるのか、年を重ねれば重ねるだけ、若い人は若い人なりに、不安を抱え、何とか将来に対して準備をしようとしますが、その結果は、わたしたちの手の中にはありません。

 今日のみ言葉は、そのような不安の中に生きるわたしたちに力強いメッセージを語ってくれます。最初に読まれたイザヤの預言では、その昔、イエスラエルの民がバビロン捕囚と言う、思ってもいなかった災難に見舞われ、異国での生活が50年あまり続いたとき、神の使いの使信が預言者に送られ、預言者は語ります、「慰めよ、わたしの民を慰めよ」と。ヘンデルは名曲「メサイア(救世主)」の冒頭をこの歌で始めます。捕囚の生活に打ちひしがれ、半ばあきらめかけていたイスラエルの民に、解放の便りが告げられるのです。「主のために、荒れ野に道を備え、わたしたちの神のために、荒れ地に広い道を通せ」と。人々に先立って、主ご自身が歩まれる道、そのための道を用意すること、荒々しい岩山に挟まれ、道なき荒れ野に広く平坦な道を開くこと。あたかも凱旋将軍が帰還する時のような主がお通りになる道を用意する。かつて、エジプトを脱出し、約束の地に入るイスラエルが道なき荒れ野をさまよったように、今、バビロンから解放されるイスラエルがエルサレムに向かって荒れ野を通って導かれる。不安と恐れに歩みが乱れるイスラエルに、預言者は語ります、「恐れるな、見よ、あなたたちの神、見よ、主なる神。彼は力を帯びてこられ、御腕をもって統治される。・・・主は羊飼いとして群れを養い、御腕をもって集め小羊をふところに抱き、その母を導いて行かれる」と。

 この預言者の声がこだまするかのように、数世紀の後、洗礼者ヨハネが荒れ野に現われ、「主の道を整え、その道筋をまっすぐにせよ」と叫びます。神の子、イエス・キリストの生涯を記した福音書は、ことごとく、この洗礼者ヨハネの言葉をもって、福音を書き始めます。まさに、夜明けの時、新しい時代の先駆けとして、ヨハネは荒れ野で叫ぶのです。かつてあったような、しかし、もっと大きな、比べることができないほど大きな出来事が今起きようとしているのです。「み言葉は人となってわたしたちのうちに宿られた」。神の子がわたしたち人間と同じに肉の姿で、この世にお出でになる、このクリスマスの神秘を告げるために、ヨハネは最後の預言者としての使命を受けて登場します。彼は言います、「わたしよりも優れた方が、後から来られる。わたしは、かがんでその方の履物のひもを解く値打ちもない。わたしは水で洗礼を授けるが、その方は聖霊で洗礼をお授けになる」と。

 しかし、聖書が語ること、預言者たちが語ったことは、決して、過去に一度限りあったことの記念ではありません。むしろ、それにまさることが、これからの時代に起こることを聖書は告げているのです。ペトロの手紙は、そのことをはっきりと語ります。「主の日は盗人のようにやってきます。」「あなたがたは神の日の来るのを待ち望み」、「新しい天と新しい地とを、神の約束に従って待ち望んでいるのです」と。神の働きは、決して、過去のものではありません。神の思いはいつも新しく、神はいつもわたしたちの先を歩んでおられるのです。自分の狭い考えにとらわれ、自ら道を閉ざすのではなく、開かれた心をもって、主をお迎えすることができるよう祈りましょう。洗礼者ヨハネのように、へりくだった心で、イザヤの予言が語るように、恐れることなく、未知なる主の導きに信頼を寄せて歩んで行けますよう、互いのため、そして今、コロナ禍で苦しむ全世界の人々のために祈りましょう。(S.T.)

待降節第二主日(12月6)
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