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教皇の意向: 新たな殉教者 (3月)

待降節第一水曜日(12月2)

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イエスはこれらの人々をいやされた

マタイ15:30
集会祈願

???? 第一朗読 (イザヤ25.6ー10a)

 6〔その日、〕万軍の主はこの山で祝宴を開きすべての民に良い肉と古い酒を供される。それは脂肪に富む良い肉とえり抜きの酒。7主はこの山ですべての民の顔を包んでいた布とすべての国を覆っていた布を滅ぼし8死を永久に滅ぼしてくださる。主なる神は、すべての顔から涙をぬぐい御自分の民の恥を地上からぬぐい去ってくださる。これは主が語られたことである。9その日には、人は言う。見よ、この方こそわたしたちの神。わたしたちは待ち望んでいた。この方がわたしたちを救ってくださる。この方こそわたしたちが待ち望んでいた主。その救いを祝って喜び躍ろう。10主の御手はこの山の上にとどまる。

???? 答唱詩編 詩編23 典123 ③④

アレルヤ唱 典256 ⑭

???? 福音朗読 (マタイ15.29-37)

マタイによる福音

 

29イエスはそこを去って、ガリラヤ湖のほとりに行かれた。そして、山に登って座っておられた。 30大勢の群衆が、足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人を連れて来て、イエスの足もとに横たえたので、イエスはこれらの人々をいやされた。 31群衆は、口の利けない人が話すようになり、体の不自由な人が治り、足の不自由な人が歩き、目の見えない人が見えるようになったのを見て驚き、イスラエルの神を賛美した。32イエスは弟子たちを呼び寄せて言われた。「群衆がかわいそうだ。もう三日もわたしと一緒にいるのに、食べ物がない。空腹のままで解散させたくはない。途中で疲れきってしまうかもしれない。」 33弟子たちは言った。「この人里離れた所で、これほど大勢の人に十分食べさせるほどのパンが、どこから手に入るでしょうか。」 34イエスが「パンは幾つあるか」と言われると、弟子たちは、「七つあります。それに、小さい魚が少しばかり」と答えた。 35そこで、イエスは地面に座るように群衆に命じ、 36七つのパンと魚を取り、感謝の祈りを唱えてこれを裂き、弟子たちにお渡しになった。弟子たちは群衆に配った。 37人々は皆、食べて満腹した。残ったパンの屑を集めると、七つの籠いっぱいになった。

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 待降節は、わたしたちがどのような方がお出でになるのをお待ちするのか考えさせる時期で、今日の福音は、まさに、それにぴったりの個所。
 イエスは人々の間で、多くの癒しの業を行われたが、今日は、それをまとめて、「足の不自由な人、目の見えない人、体の不自由な人、口の利けない人、その他多くの病人」を癒されたとある。それは、まさに、預言者がメシア時代のしるしとして、何百年も前に語ったことである。
 しかし、マタイは、それだけで終わるのではなく、それに続けて、イエスが群衆のためにパンを増やして与えた奇跡のことを記している。実は、14章にも、同じような奇跡の話が記されているが、ここでは、七つのパンと、残ったパンが七つのかご一杯になったとある。七は象徴的数字で、完全数と言われ、イスラエルの領域を超えた、異邦人の世界を包むような出来事としてとらえられていることが見て取れる。
 マタイは、そうした書き方をすることで、今日のイザヤの預言が述べているような、終末時の神の国の宴との関連を表しているのではないか。イエスは、約束された神の国の宴を催す方であり、わたしたちが与ることの許された主の晩餐の恵みは、その日を迎える時まで、神の民に与えられた旅路の糧であること思い起こさせているのではないか。そのような方をお迎えするにふさわしい準備ができるよう、共に祈ろう。

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聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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