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目を覚まし、身を慎んでいましょう

1テサロニケ5:6
集会祈願

あふれるほどの恵みを一人ひとりに注がれる神よ、日々の働きの場から、感謝の祭りに呼び集められたわたしたちを顧みて下さい。あなたのいつくしみのうちに憩い、与えられたいのちを豊かに生きる力が新たにされますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

???? 第一朗読 (箴言31:10-13,19-20,30-31)

10有能な妻を見いだすのは誰か。
真珠よりはるかに貴い妻を。
11夫は心から彼女を信頼している。
儲けに不足することはない。
12彼女は生涯の日々
夫に幸いはもたらすが、災いはもたらさない。
13羊毛と亜麻を求め
手ずから望みどおりのものに仕立てる。
19手を糸車に伸べ、手のひらに錘をあやつる。
20貧しい人には手を開き、乏しい人に手を伸べる。
30あでやかさは欺き、美しさは空しい。
主を畏れる女こそ、たたえられる。
31彼女にその手の実りを報いよ。
その業を町の城門でたたえよ。

???? 答唱詩編 詩編128 典103 ①②

答 幸せな人、神をおそれ、主の道を歩む者。

ひたいに汗してかてを受け、
恵みと平和に満たされる。
実り豊かなぶどうの木のように、
妻は家庭をうるおす。  【答】

オリープの若木のように、
子どもたちは食卓を囲む。
神の祝福はシオンから臨み、命のある限り
数多くの子孫の群れを見る。  【答】

???? 第二朗読 (一テサロニケ5:1-6)

1兄弟たち、その時と時期についてあなたがたには書き記す必要はありません。 2盗人が夜やって来るように、主の日は来るということを、あなたがた自身よく知っているからです。 3人々が「無事だ。安全だ」と言っているそのやさきに、突然、破滅が襲うのです。ちょうど妊婦に産みの苦しみがやって来るのと同じで、決してそれから逃れられません。 4しかし、兄弟たち、あなたがたは暗闇の中にいるのではありません。ですから、主の日が、盗人のように突然あなたがたを襲うことはないのです。 5あなたがたはすべて光の子、昼の子だからです。わたしたちは、夜にも暗闇にも属していません。 6従って、ほかの人々のように眠っていないで、目を覚まし、身を慎んでいましょう。

アレルヤ唱 典274 (33A)

アレルヤ、アレルヤ。わたしのうちにとどまりなさい。わたしもあなたがたのうちにいる。わたしにとどまる人は多くの実を結ぶ。アレルヤ、アレルヤ。

???? 福音朗読 (マタイ25:14-30 または25::14-15,19-21)

マタイによる福音

14〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕14「天の国はまた次のようにたとえられる。ある人が旅行に出かけるとき、僕たちを呼んで、自分の財産を預けた。 15それぞれの力に応じて、一人には五タラントン、一人には二タラントン、もう一人には一タラントンを預けて旅に出かけた。早速、 16五タラントン預かった者は出て行き、それで商売をして、ほかに五タラントンをもうけた。 17同じように、二タラントン預かった者も、ほかに二タラントンをもうけた。 18しかし、一タラントン預かった者は、出て行って穴を掘り、主人の金を隠しておいた。 19さて、かなり日がたってから、僕たちの主人が帰って来て、彼らと清算を始めた。 20まず、五タラントン預かった者が進み出て、ほかの五タラントンを差し出して言った。『御主人様、五タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに五タラントンもうけました。』 21主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』 22次に、二タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、二タラントンお預けになりましたが、御覧ください。ほかに二タラントンもうけました。』 23主人は言った。『忠実な良い僕だ。よくやった。お前は少しのものに忠実であったから、多くのものを管理させよう。主人と一緒に喜んでくれ。』 24ところで、一タラントン預かった者も進み出て言った。『御主人様、あなたは蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集められる厳しい方だと知っていましたので、 25恐ろしくなり、出かけて行って、あなたのタラントンを地の中に隠しておきました。御覧ください。これがあなたのお金です。』 26主人は答えた。『怠け者の悪い僕だ。わたしが蒔かない所から刈り取り、散らさない所からかき集めることを知っていたのか。 27それなら、わたしの金を銀行に入れておくべきであった。そうしておけば、帰って来たとき、利息付きで返してもらえたのに。 28さあ、そのタラントンをこの男から取り上げて、十タラントン持っている者に与えよ。 29だれでも持っている人は更に与えられて豊かになるが、持っていない人は持っているものまでも取り上げられる。 30この役に立たない僕を外の暗闇に追い出せ。そこで泣きわめいて歯ぎしりするだろう。』」

奉納祈願

神よ、一人子イエス・キリストこそ、あなたからいただいた最もすばらしい恵みです。キリストが残されたこの秘跡をとおして、わたしたちがあなたの愛の深さを味わうことができますように。わたしたちの主イエス・キリストによってアーメン。

拝領祈願

救いのことばといのちのパンで養って下さる神よ、あなたは一人ひとりにご自分の宝を委ねられました。わたしたちが、いただいたものを正しく用い、あなたとともに喜びに入ることができますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 今年も暮れが近づき、典礼暦も来週が王であるキリスト、そして、その次の週から待降節に入ります。今日のみ言葉も、そうした状況を踏まえ、世の終わり(終末)にかかわる話が出てきます。イエスの生きられた時代、イスラエルの人々の間には、世の終わりが近いという意識が広がっていました。第二朗読で読まれたパウロのテサロニケの教会にあてた手紙にも、その意識が強く表れています。

 福音の有名なタラントンのたとえにも、復活された主が長い旅に出られ、また世の終わりに戻って来られる(再臨)という考えが背景にあります。ある人が旅に出て、僕たちに財産を預けます。一人には5タラントン、もう一人には、2タラントン、最後の僕には1タラントンを渡しなす。5タラントン与った僕は、5タラントン、2タラントン与った僕は2タラントンそれぞれ儲けます。1タラントン与った者は、厳しい主人を恐れて、地面に穴を掘ってタラントンを埋めておきます。戻って来た主人は、二人の僕をほめ、少しのものに忠実だったから、多くのものを管理することを約束しますが、1タラントンもらって、畑に穴を掘って埋めておいた僕には厳しく問いただし、他の活用方法があったのでは、と非難するのです。

 この話をよく読むと、いろいろ疑問が湧いてきます。そもそも、1タラントンとは、労働者が20年働いて、ようやく手にする給料に相当する額だと言われます。1タラントンが20年分の給料なら、2タラントンは40年、5タラントンは100年分の給料に相当する額です。いかにも大げさな話に聞こえますが、これが人間の寿命のこと、20年、40年、そして100年分の寿命だと考えれば、決して大げさな話ではなく、むしろ実に当を得た話と納得がいきます。

 タラントンという言葉を、単なる貨幣単位ではなく、もっと広いタレント、人に与えられた才能、能力、持ち味等の意味で理解し、それをいかに発展させるかという意味でとらえることもできます。しかし、そうした、親から受けついだ命に付随するものより、もっと、根源的な、神ご自身に由来する命そのものと捉えるなら、このたとえをもっと重く、また深く読み取ることになるのではないでしょうか。

 人には、本人は意識しなくても、それぞれに与えられた命、寿命があります。長いか短いか、健やかかひ弱であるか。健常であるか、障害をもっているか。豊かな家庭の出であるか貧しい家庭の生まれであるか、様々です。いずれにしても、自分に与えられた命、人生を、ひとりひとり、しっかり生きて行くように神から存在を与えられているのです。他人と比べてはではなく、自分にだけ与えられた無二の命を精いっぱい生きること、それが、命の与え主である神への愛の答えなのでしょう。
この話は、5タラントン、2タラントン預かった僕が商売をしてもうけをあげ、主人から褒められたのに対して、1タラントンを預かりながら、失敗を恐れて、何もせず、地面に埋めておいた人が厳しく問い詰められ、預かったものまで取り上げられた話で結ばれていました。これは、ひとりひとりが自分の人生をどう生きるかについての話ですが、同時に教会としての在り方にも無関係ではありません。

 教会は、若い元気溢れる時代には、いろいろ新しいことに挑戦し発展を続けますが、一旦大きくなり、落ち着いてくると、現状を維持することに汲々とし、改革の意欲を失う危険が生じます。いわば、預かったタレントを地の中に埋めて大事にしまっておいた人に似ているかもしれません。特に、今年全世界を襲った新型コロナウィルス感染症の脅威のもと、行動が制限され、身を守ることに専念し、与えられた命を生き成長させることを怠っていないか、反省してみなければなりません。できることは限られています。しかし、聖霊がどこにわたしたちを導いておられるか、繰り返し、主のみ前で問い続け、選択し、実行することができるよう光を仰ぎましょう。

 今日、11月15日は、先年福者に上げられた「世界を歩いた伴天連」ペトロ・岐部がローマで司祭に叙階されて400年にあたります。司祭になることを夢見て禁教下の日本を出てから6年後の1620年、ようやくローマで念願の司祭叙階の恵みを受けます。そして、直後に入会したイエズス会の一員として、日本への帰国の許可を得、8年かけて弾圧下の日本に戻り、身を潜めて各地で司牧の務めを果たし、1639年江戸で殉教者としての生涯を全うされました。その勇気と愛に倣う恵みを祈りましょう。

 そして、また、今日は、「貧しい人のための世界祈願日」に定められた日です。今日も、生きる上での苦しみと日々戦っている貧しい人々、特にこの日本の地で、はからずもコロナによる苦境に立たされている外国からの留学生、技能実習生のことを思い、彼らに必要な糧が与えられるよう祈り、自分のできる支援を行いながら、このミサを捧げましょう。

年間第三十三主日(11月15)
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