Send by Email
Facebook
Twitter
Line
Print

霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 柔和、節制です。

ガラテヤ5:22-23
集会祈願

???? 第一朗読 (ガラテヤ5:18-25)

 18〔皆さん、〕霊に導かれているなら、あなたがたは、律法の下にはいません。 19肉の業は明らかです。それは、姦淫、わいせつ、好色、 20偶像礼拝、魔術、敵意、争い、そねみ、怒り、利己心、不和、仲間争い、 21ねたみ、泥酔、酒宴、その他このたぐいのものです。以前言っておいたように、ここでも前もって言いますが、このようなことを行う者は、神の国を受け継ぐことはできません。22これに対して、霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善意、誠実、 23柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。 24キリスト・イエスのものとなった人たちは、肉を欲情や欲望もろとも十字架につけてしまったのです。 25わたしたちは、霊の導きに従って生きているなら、霊の導きに従ってまた前進しましょう。 

???? 答唱詩編 詩編1典100①④

アレルヤ唱 典272 26

???? 福音朗読 (ルカ11:42-46)

ルカによる福音

 〔そのとき、イエスは言われた。〕あなたたちファリサイ派の人々は不幸だ。薄荷や芸香やあらゆる野菜の十分の一は献げるが、正義の実行と神への愛はおろそかにしているからだ。これこそ行うべきことである。もとより、十分の一の献げ物もおろそかにしてはならないが。 43あなたたちファリサイ派の人々は不幸だ。会堂では上席に着くこと、広場では挨拶されることを好むからだ。 44あなたたちは不幸だ。人目につかない墓のようなものである。その上を歩く人は気づかない。」45そこで、律法の専門家の一人が、「先生、そんなことをおっしゃれば、わたしたちをも侮辱することになります」と言った。 46イエスは言われた。「あなたたち律法の専門家も不幸だ。人には背負いきれない重荷を負わせながら、自分では指一本もその重荷に触れようとしないからだ。 

奉納祈願

拝領祈願

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 イエスの時代のイスラエルの宗教指導者とも言うべきファリサイ派の人々や律法学者たちへの厳しい言葉が続きます。昨日の外側だけをきれいにする偽善的態度への非難に続いて、細部にこだわってより重要なものを忘れたり、ひそかに人からの賞賛を求めたりする姿勢などに目が向けられます。ルカに限らす、マルコもマタイも、そうした言葉のためにかなりのスペースをあてています。

 いったいなぜ、イエスは悪徳にふける異邦人や偶像礼拝に陥った不信の民を断罪したりするのではなく、だれよりも聖書の教えに通じ、神の心を体しているはずのファリサイ派や律法学者たち、いわば、「善人」に厳しい目を向けられるのでしょうか。

 それは、人間の心の奥底に潜む「自己欺瞞」を暴くためではないでしょうか。善意で、神の道を歩んで生きていると思いながら、その実、神の心とは似ても似つかない、人間的な思いに縛られ、自らも、そして、その影響下にある多くの人々をも苦しめ、救いの喜びから遠ざけているからではないでしょうか。彼らが、単なる知識をもつだけではなく、真心から神を礼拝する、ヨハネが言う「霊と真理をもって礼拝する」(ヨハネ4.24)人、パウロが言う「霊の導きに従って生きる」(ガラテヤ5.25)人となることを望んでおられるからでしょう。

 現代に生きるわたしたちの心に巣食う「自己欺瞞」の罠から解放され、真の信仰を生きる恵みを祈りましょう。

年間第二十八水曜日(10月14)
Send by Email
Facebook
Twitter
Line
Print
Tagged on:     

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。