小教区の教会のために祈る (1月)

年間二十一金曜日(8/28)

Facebook
Twitter
Facebook Messenger
Line
Pinterest
Send by Email
LinkedIn
Print

目を覚ましていなさい。

マタイ25:13

聖アウグスチヌス司教教会博士

集会祈願

 全能永遠の神よ、聖アウグスチヌスの精神を現代の教会によみがえらせてください。英知の泉、愛の源を求めるわたしたちが、あなたのうちにいこいを見いだすことができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

???? 第一朗読 (一コリント1:17-25)

 17〔みなさん、〕キリストがわたしを遣わされたのは、洗礼を授けるためではなく、福音を告げ知らせるためであり、しかも、キリストの十字架がむなしいものになってしまわぬように、言葉の知恵によらないで告げ知らせるためだからです。
18十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち救われる者には神の力です。 19それは、こう書いてあるからです。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、
賢い者の賢さを意味のないものにする。」
 20知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を愚かなものにされたではないか。 21世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。 22ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、 23わたしたちは、十字架につけられたキリストを宣べ伝えています。すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、 24ユダヤ人であろうがギリシア人であろうが、召された者には、神の力、神の知恵であるキリストを宣べ伝えているのです。 25神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。

???? 答唱詩編 詩編33 典46①②

答 神の注がれる目は、神をおそれる者に、
  神の愛に希望をおく者の上に。

神のことばはただしく、
そのわざにはいつわりがない。
神は正義と公平を愛し、
いつくしみは地に満ちている。 【答】

天は神のことばによってつくられ、
星座はそのいぶきによってすえられた。
神のはからいはとこしえに、
み心の思いは世々に及ぶ。 【答】

アレルヤ唱 典274 ⑤

 アレルヤ、アレルヤ。目覚めていつも祈っていなさい。人の子の前にふさわしく立つことができるように。アレルヤ、アレルヤ。

???? 福音朗読 (マタイ25:1-13)

マタイによる福音

 1〔そのとき、イエスは弟子たちにこのたとえを語られた。〕天の国は次のようにたとえられる。十人のおとめがそれぞれともし火を持って、花婿を迎えに出て行く。 2そのうちの五人は愚かで、五人は賢かった。 3愚かなおとめたちは、ともし火は持っていたが、油の用意をしていなかった。 4賢いおとめたちは、それぞれのともし火と一緒に、壺に油を入れて持っていた。 5ところが、花婿の来るのが遅れたので、皆眠気がさして眠り込んでしまった。 6真夜中に『花婿だ。迎えに出なさい』と叫ぶ声がした。 7そこで、おとめたちは皆起きて、それぞれのともし火を整えた。 8愚かなおとめたちは、賢いおとめたちに言った。『油を分けてください。わたしたちのともし火は消えそうです。』 9賢いおとめたちは答えた。『分けてあげるほどはありません。それより、店に行って、自分の分を買って来なさい。』 10愚かなおとめたちが買いに行っている間に、花婿が到着して、用意のできている五人は、花婿と一緒に婚宴の席に入り、戸が閉められた。 11その後で、ほかのおとめたちも来て、『御主人様、御主人様、開けてください』と言った。 12しかし主人は、『はっきり言っておく。わたしはお前たちを知らない』と答えた。 13だから、目を覚ましていなさい。あなたがたは、その日、その時を知らないのだから。」

奉納祈願

 聖なる父よ、救いの記念を行うわたしたちの祈りを顧みて下さい。このいつくしみの秘跡が、わたしたちのために一致の力、愛のきずなとなりますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

 恵み豊かな神よ、主の食卓にあずかったわたしたちを聖とし、キリストのからだに成長させてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈る花:Inoruhana

???? 分かち合い

 最近の福音のみ言葉は終末論に向かって私たちに目を覚ましていなさいと呼びかけてくださいます。人生の終わりになる時、今から生きている間、何を準備したらいいかということが大切です。いつか主が来られるかが私たちにわからないからです。しかし、私たちはキリスト者としてこの聖書の呼びかけをよく知っていますが、実は生活の中で度々それを忘れてしまいます。

 あるいは、長い信仰生活の中で、いろんな人生の嵐にあって、神を疑い信仰を失いかけています。またいくら祈っても聞き入れてくれないと思って、失望してしまって、祈ることを止めてしまう人もいるでしょう。兄弟姉妹との人間関係などでつまずいて、疲れ果ててしまって教会を離れている人もあるかもしれません。もうキリストは来ないと思って、あきらめたり、気落ちしたりしている人々がたくさんおられると思います。

 その時は、ともし火は消えかかっていますが、予備の補充する油がなかった愚かな5人の乙女のようです。愚かな乙女は花嫁が来ることを知っていましたが、その時のための十分な準備をしていなかったと言うことです。

 ところが、賢い乙女たちは信仰のともし火が消えてしまわないように、聖霊の油を絶えず買い求め補充をしつつ待っています。つまり、祈りつつ、約束のみ言葉を絶えず目の前において、清くなることを求めて日々を過ごしています。

 今日記念される偉大な聖アウグスティヌスは母親聖モニカの祈りに支えられて、回心するようになり、古い人を脱ぎ捨てて、主イエス・キリストを着て、神に、また神の民に仕えるようになりました。彼がたくさんの本を書き、その中で、有名なのは『告白』『神の国』『三位一体について』『カトリック教会の習慣について』等です。それらの本の中には、いつまでも消えることのない深いことばがあらわされています。例えば、「神よ、あなたは、私たちをあなたに向かう者としておつくりになりました。ですから、あなたに憩う時までやすらぎを得ないのです」、「愛せよ、しかる後に思うようにせよ」、「二つの愛があります。その二つの愛は二つの国をつくりました。神(神のこどもである他の人びと)を忘れるほどの自分に対する愛 は地上(悪)の国をつくり、自分を忘れるほどの神への愛は天上の国をつくりました」と。

 聖アウグスティヌスのように、目を覚まして、真理と愛の神を求めることができるよう祈りましよう。

Facebook
Twitter
Facebook Messenger
Line
Pinterest
Send by Email
LinkedIn
Print

関連投稿🌸

コメントする