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教皇の意向: 新たな殉教者 (3月)

年間第十木曜日(偶数年)

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聖バルナバ使徒 - 記念日

集会祈願

すべての人の父である神よ、あなたは、異邦人の回心のために、聖霊と信仰に満たされた聖バルナバをお選びになりました。使徒の熱意と模範にならい、わたしたちも、キリストの福音をことばと行いを通してのべ伝えることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

???? 第一朗読 (使徒11:21b-26、13:1-13)

使徒たちの宣教

 〔その日、〕信じて主に立ち帰った者の数は多かった。 22このうわさがエルサレムにある教会にも聞こえてきたので、教会はバルナバをアンティオキアへ行くように派遣した。 23バルナバはそこに到着すると、神の恵みが与えられた有様を見て喜び、そして、固い決意をもって主から離れることのないようにと、皆に勧めた。 24バルナバは立派な人物で、聖霊と信仰とに満ちていたからである。こうして、多くの人が主へと導かれた。 25それから、バルナバはサウロを捜しにタルソスへ行き、 26見つけ出してアンティオキアに連れ帰った。二人は、丸一年の間そこの教会に一緒にいて多くの人を教えた。このアンティオキアで、弟子たちが初めてキリスト者と呼ばれるようになったのである。

 13:1アンティオキアでは、そこの教会にバルナバ、ニゲルと呼ばれるシメオン、キレネ人のルキオ、領主ヘロデと一緒に育ったマナエン、サウロなど、預言する者や教師たちがいた。 2彼らが主を礼拝し、断食していると、聖霊が告げた。「さあ、バルナバとサウロをわたしのために選び出しなさい。わたしが前もって二人に決めておいた仕事に当たらせるために。」 3そこで、彼らは断食して祈り、二人の上に手を置いて出発させた。

???? 答唱詩編 詩編98 典149①②

答:遠く地の果てまで、
  すべての者が神の救いを見た。

新しい歌を神にうたえ。
神は不思議なわざを行われた。
神の偉大な右の手、
そのとうとい腕は救いの力。 【答】

神は救いをしめし、
諸国の民に正義を現された。
いつくしみとまことをもって、
イスラエルに心を留められた。 【答】

アレルヤ唱 典267①

アレルヤ、アレルヤ。全世界に行き、すべての人をわたしの弟子にしなさい。わたしは世の終わりまで、いつもあなたがたとともにいる。アレルヤ、アレルヤ。

???? 福音朗読 (マタイ10:7-13)

マタイによる福音

〔その時、イエスは使徒たちに言われた。〕「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい。 8病人をいやし、死者を生き返らせ、重い皮膚病を患っている人を清くし、悪霊を追い払いなさい。ただで受けたのだから、ただで与えなさい。 9帯の中に金貨も銀貨も銅貨も入れて行ってはならない。 10旅には袋も二枚の下着も、履物も杖も持って行ってはならない。働く者が食べ物を受けるのは当然である。 11町や村に入ったら、そこで、ふさわしい人はだれかをよく調べ、旅立つときまで、その人のもとにとどまりなさい。 12その家に入ったら、『平和があるように』と挨拶しなさい。 13家の人々がそれを受けるにふさわしければ、あなたがたの願う平和は彼らに与えられる。もし、ふさわしくなければ、その平和はあなたがたに返ってくる。 」

奉納祈願

いつくしみ深い父よ、この供えものを受け入れ、祝福してください。聖バルナバを福音宣教に駆り立てた愛の火を、わたしたちの心に燃え上がらせてください。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

聖なる父よ、永遠のいのちのパンに養われて祈ります。使徒バルナバを記念するわたしたちが、この秘跡の恵みによって救いの完成に導かれますように。わたしたちの主イエス・キリストによって。アーメン。

???? 分かち合い

 今日は、キプロス島生まれのユダヤ人でありながら、パウロとともに異邦人の世界で福音宣教に尽くした使徒バルナバの記念日。パウロをアンティオキアやエルサレムの教会に紹介し、パウロの最初の宣教旅行では主導権を握っていたが、次第にパウロに譲り、弟子マルコのことで生じた意見の対立から別行動をとり、晩年は故郷キプロスで過ごしたと言われる。
 福音では、イエスが使徒たちを宣教に遣わすときの言葉が読まれた。「行って、『天の国は近づいた』と宣べ伝えなさい」と。イエスがかつて語られた言葉そのままである。マタイは「神の国」を「天の国」と言い換えるが、それは、国境のない、どこにでも存在しうる世界、神が王として支配する世界、人間の努力に先立って、神が働こうとされる恵みの世界。同時に、人間が心を開き、その働きを受け入れてはじめて実現する世界のことである。イエスは、この世界の到来のために生涯をかけられた。
 何物にも頼らず、もっぱら神の導きに信頼して出かける使徒が、出会った人々にする挨拶は「平和があるように」。これはごく日常的に人々が交わす挨拶の言葉:ユダヤ人にとっては「シャローム」、イスラムの人々にとっては「サレーム」。いずれも「平和」の意味。挨拶ができても、なかなか平和の関係を作ることは難しい。聖書の中で「平和」と言えばそれは何よりも神が与える恵みのこと。人間がいくら頑張ってみても、人間の力だけではどうにもならない現実。21世紀の現代でも、まさに、喫緊の問題であり続ける平和。少しでも、神の働きに協力する心が世界の人々、特に指導者のうちに根付くように祈ろう。

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聖書の本文は日本聖書協会発行の「新共同訳聖書」を使用しております。
どうぞよろしくお願い致します。

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