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教皇の意向: 新たな殉教者 (3月)

復活節第五木曜日

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聖マチア使徒の祝日

集会祈願

全能の神よ、あなたは聖マチアを選び、使徒団に加えられました。私たちもあなたの愛を豊かに受け、聖人の取次に支えられて、選ばれた人々の集いに入ることができますように。聖霊の交わりの中で、あなたとともに世々に生き、支配しておられる御子、私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

第一朗読 (使徒1:15-17、20-26)

使徒たちの宣教

〔その日、〕ペトロは兄弟たちの中に立って言った。百二十人ほどの人々が一つになっていた。 01:16「兄弟たち、イエスを捕らえた者たちの手引きをしたあのユダについては、聖霊がダビデの口を通して預言しています。この聖書の言葉は、実現しなければならなかったのです。 01:17ユダはわたしたちの仲間の一人であり、同じ任務を割り当てられていました。

01:20詩編にはこう書いてあります。『その住まいは荒れ果てよ、そこに住む者はいなくなれ。』また、『その務めは、ほかの人が引き受けるがよい。』 01:21-22 そこで、主イエスがわたしたちと共に生活されていた間、つまり、ヨハネの洗礼のときから始まって、わたしたちを離れて天に上げられた日まで、いつも一緒にいた者の中からだれか一人が、わたしたちに加わって、主の復活の証人になるべきです。」 01:22 01:23そこで人々は、バルサバと呼ばれ、ユストともいうヨセフと、マティアの二人を立てて、 01:24次のように祈った。「すべての人の心をご存じである主よ、この二人のうちのどちらをお選びになったかを、お示しください。 01:25ユダが自分の行くべき所に行くために離れてしまった、使徒としてのこの任務を継がせるためです。」 01:26二人のことでくじを引くと、マティアに当たったので、この人が十一人の使徒の仲間に加えられることになった。

答唱詩編 詩編113 典51①③

答:神の名はあまねく世界に輝き、
その栄光は天にそびえる。

ほめよ、神に仕える者よ、
神の名をほめたたえよ。
神の名に賛美、
今よりとこしえに。 【答】

神は貧しい人を立ち上がらせ、
恵まれない人を高く上げ、
支配者とともにすわらせ、
民のかしらとともに並ばせる。 【答】

アレルヤ唱 典277(聖マチア)

アレルヤ、アレルヤ。あなたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたを選んだのである。アレルヤ、アレルヤ。

福音朗読 (ヨハネ15:9-17)

ヨハネによる福音

〔そのとき、イエスは弟子たちに言われた。〕「父がわたしを愛されたように、わたしもあなたがたを愛してきた。わたしの愛にとどまりなさい。 15:10わたしが父の掟を守り、その愛にとどまっているように、あなたがたも、わたしの掟を守るなら、わたしの愛にとどまっていることになる。 15:11これらのことを話したのは、わたしの喜びがあなたがたの内にあり、あなたがたの喜びが満たされるためである。 15:12わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である。 15:13友のために自分の命を捨てること、これ以上に大きな愛はない。 15:14わたしの命じることを行うならば、あなたがたはわたしの友である。 15:15もはや、わたしはあなたがたを僕とは呼ばない。僕は主人が何をしているか知らないからである。わたしはあなたがたを友と呼ぶ。父から聞いたことをすべてあなたがたに知らせたからである。 15:16あなたがたがわたしを選んだのではない。わたしがあなたがたを選んだ。あなたがたが出かけて行って実を結び、その実が残るようにと、また、わたしの名によって父に願うものは何でも与えられるようにと、わたしがあなたがたを任命したのである。 15:17互いに愛し合いなさい。これがわたしの命令である。」

奉納祈願

恵み豊かな神よ、聖マチアの祝日に捧げる教会の供え物を受け入れ、わたしたちに恵みと力を注いでください。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

拝領祈願

慈しみ深い神よ、あなたの家族を豊かな恵みで満たしてください。聖マチアの祈りに助けられて、聖人の集いに加わることができますように。私たちの主イエス・キリストによって。アーメン。

祈りのヒント

5月14日(木)聖マチア使徒の祝日

 ヨハネ15.9~17

使徒マチアはユダが師を裏切って空けてしまった穴を埋めるために選ばれた人物。人生の中で、度々予想もしない代役を引き受けることがあるが、それも、神が用意してくださる祝福の道。

イエスは言われる、「わたしがあなたがたを愛したように、互いに愛し合いなさい。これがわたしの掟である」と。旧約の掟を超える新しい掟と言われる。「隣人を自分のように愛しなさい」と教えられ、しかも、壁を設けずにすべての人に開かれた愛をもつことが、イエスの理想だったのではないか。内向きとも思える兄弟への愛にこだわるのは、逆行ではないか。ルカが強調した隣人愛の教えと、ヨハネが強調する兄弟愛とはどう調和させたらよいのか。

イエスは、「わたしが愛したように」と言い、「父がわたしを愛されたように」と言われる。隣人愛の教えも兄弟愛の掟も、ただそれだけが掟、人間の義務、律法に代わる「新しい掟」なのではなく、すべての戒めに先立つ溢れるほどの神の愛を前提としているのではないか。その愛のいのちに与るように、神は御子を人として世に遣わされ、御子は、人間がそのいのちに至ることができるように自らを渡し、道を開いてくださったのではないか。兄弟を愛することも、隣人を愛することも、そうした神の愛に与るための、だれもが通らなければならない、黄金の道ではないか。「わたしの愛にとどまりなさい」という主の招きを日々、生活の中で意識できるよう祈ろう。

細江カトリック教会
作道神父

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