イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった
🌸 第一朗読 (ローマ9.1-5)
使徒パウロのローマの教会への手紙
〔皆さん、〕わたしはキリストに結ばれた者として真実を語り、偽りは言わない。わたしの良心も聖霊によって証ししていることですが、 2わたしには深い悲しみがあり、わたしの心には絶え間ない痛みがあります。 3わたし自身、兄弟たち、つまり肉による同胞のためならば、キリストから離され、神から見捨てられた者となってもよいとさえ思っています。 4彼らはイスラエルの民です。神の子としての身分、栄光、契約、律法、礼拝、約束は彼らのものです。 5先祖たちも彼らのものであり、肉によればキリストも彼らから出られたのです。キリストは、万物の上におられる、永遠にほめたたえられる神、アーメン。
🌸 答唱詩編 詩編147 典135 ①②
主をたたえよう。主はいつくしみ深く、そのあわれみは、水遠。
エルサレムよ、神をほめたたえよ、
シオンよ、神をたたえよ。
神はおまえの門のかんぬきをかため、
その中に住む人を祝福される。
神は国ざかいに平和をもたらし、
よい麦でおまえを養われる。
神は地に向かって仰せになり、
そのことばは、すばやく走る。
アレルヤ唱 典272 ㉖
アレルヤ、アレルヤ。羊はわたしの声を聞き分け、わたしもその羊を知り、羊はわたしに従う。アレルヤ、アレルヤ。
🌸 福音朗読 (ルカ14.1-6)
ルカによる福音
1安息日のことだった。イエスは食事のためにファリサイ派のある議員の家にお入りになったが、人々はイエスの様子をうかがっていた。 2そのとき、イエスの前に水腫を患っている人がいた。 3そこで、イエスは律法の専門家たちやファリサイ派の人々に言われた。「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか。」 4彼らは黙っていた。すると、イエスは病人の手を取り、病気をいやしてお帰しになった。 5そして、言われた。「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか。」 6彼らは、これに対して答えることができなかった。
🌸 分かち合い
ファリサイ派の議員の食事に呼ばれたとき、イエスはそこにいる水腫の人をいやされた。それが偶々安息日だったので、イエスは彼らに問う、「安息日に病気を治すことは律法で許されているか、いないか」と。安息日の掟は厳しく、病気の人の治療も、命にかかわるときでなければ許されなかった。
福音書には安息日にかかわる話はいくつもあるが、はたして、ユダヤ人はどうしてそれほど安息日の掟にこだわったのだろうか。安息日の掟はユダヤ人にとって、特に、神殿や祭儀が失われた捕囚後の時期、安息日を守ることが、自分たちのアイデンティティーを守るためにきわめて重要なものとなり、その規定は細部にまで及んだ。イエスが、それを十分承知の上で、安息日の掟に背くような行いをされたのには、特別な思いがあったからだろう。
安息日の掟を守ることは良いことである。しかし、それ以上によいものがあるとすれば、どちらを選んだらよいかは明らかだ。イエスは言われる、「あなたたちの中に、自分の息子か牛が井戸に落ちたら、安息日だからといって、すぐに引き上げてやらない者がいるだろうか」と。親のわが子に対する思い、それにまさる愛を神は人間に対してもっておられる。イエスは、掟を守ることで見えなくなっていた目を、そうした行いで開かせようとなさったのではないか。(S.T.)
